第22話 反撃

 蒼い衣をまとった多数の兵が馬を走らせていた。

 レンリおよびその麾下の郷兵たちは、まっすぐに大都督府へと向かっている。


 迂回して奇襲するという選択をとらなかったのは、大都督府の所在地は、荒野が続くという地形上、どの方面から攻撃しても敵に気づかれる可能性がさほど変わらない。

 また、レンリたちは大都督の軍旗を掲げているし、正面から突撃することで大都督府の本軍が大軍を率いて反撃に出たと錯覚させることができるだろう。


 敵の将軍はギョロナイというらしい。

 翼人の七十八の部族の一つの長だ。


 そして、そのもとには屈強な翼人の大軍が控えている、  


 さっきまで雲一つない空が広がっていたにも関わらず、今は視界を遮るほどの雨が降りしきり、あたりは濃霧に覆われている。


 これを幸先が悪い、とはレンリは思わなかった。


「視界が効かなければ、敵が迎撃の準備を整えることができなくなるからね」


 ミランの言う通り、レンリたちの急襲が成功する可能性は高くなった。

 あとは実際に勝てるかどうか、だ。


 勝利が確実な戦いとは言えない。

 けれど、ここで負ければ、あるいは戦わずに逃げ出せば、すべてを失うことになる。


「見えてきましたね」


 郷兵サーシャがつぶやいた。

 遠目で見てもわかるほど、大都督府の周辺の街は激しく赤々と燃えていた。


 申し訳程度に置かれていた見張りを一掃し、レンリたちは大都督府に近づいた。


 人々の悲鳴が聞こえてくる。

 敵の街を占領した軍隊が何をするか、というのは古今を問わず決まっている。

 略奪・強姦・殺人だ。


 レンリは暗然とした気持ちを抱いた。

 それは兵たちも同じだろう。


 レンリは声を張り上げた。


「苦しむ同胞たちを救い、諸君の家族を、恋人を、友人を同じ目に合わせないためには、ここで俺たちが勝つしかない。みなの一層の奮起を期待する!」


 それを合図に、レンリたちは突入を開始した。

 予想通り、翼人の兵たちは略奪に勤しみ、警戒をまったくしていなかった。


 翼人たちからしてみれば、大都督府の本軍を敗走させ、敵の拠点を押さえた以上、怖れるものは何もないつもりだっただろう。

 そこにレンリたちの襲撃だ。


 翼人の大男たちが酒を片手に顔を赤くし、おそらく将校の妻らしき女性を組み伏せていた。


「蛮族どもめ!」


 ディルクが剣を抜き、翼人の男を剣で薙ぎ払い、殺していく。

 大仰に鈴を鳴らし、大都督府の軍旗を振りかざせ、そして、レンリは兵たちに「我らの大都督は帰還した。逃げる者の命までは取らない!」と叫ばせた。


 無論、これははったりであり、大都督はすでに逃亡し、レンリの率いる兵は圧倒的に少数だった。

 それでも、混乱した翼人の多くは逃げ出そうとした。


 彼らの侵略には略奪ができるという以上の目的がない。

 守るもののない翼人たちは、散り散りになった。


 数万の大軍といえども、警戒もなく、統率がとれず、戦意もなければ烏合の衆だ。

 

 後は敵の指揮官を見つけて討ち取ってしまいたい。

 時間が経てば、敵にも反撃の体勢を整える余裕が生まれてくる。


 安直に考えれば、敵将は大都督の私邸にいるだろう。

 権威を示すという意味でも有効だし、大都督は美酒も美女も集めていたし、それを独占する意味でも、そこに行くはずだ。


 レンリはミランに別働隊の指揮を任せ、周囲の警戒と散在する翼人の兵の掃討を任せた。

 そして、自らは馬を降り、ディルク、サーシャら精鋭とともに大都督の屋敷に突入した。、

 

 案の定、大都督の豪邸に、赤ら顔の巨漢がいた。

 着ている衣服の壮麗さを考えるに、翼人の将軍と見て間違いない。

 彼はすでに大酒を飲み、享楽の限りを尽くしていたようだった。


 だが、レンリたちを見て、彼はさっと顔色を変えて立ち上がった。


「帝国の兵は臆病者ばかりで、すでに逃げるか死ぬかしたものだと思っていたが」


 綺麗な帝国標準語で彼は言葉を紡いだ。

 蛮族、といっても、その上層部は帝国の言葉が話せる。


 帝国は文明の中心であり、敵対する部族たちも、その文化や風習を程度の差はあれ受け入れている。


「貴殿が翼人の将ギョロナイだとお見受けした」


 レンリの言葉に、翼人の大男は一瞬、迷ったようだった。

 逃げるべきかどうか考えたのだろう。

 

 だが、やがて彼はにやりと笑うと、壁を震わすほどの大声で答えた。

 

「いかにも。我が名はギョロナイ! 翼人の七十八部族のアイシン族の長だ」


 彼が自らの正体を明かしたのは、おそらく周囲の兵への影響を考えてだろう。

 もし将軍自らが逃げ出せば兵たちの逃亡も防げない。

 北辺の大都督が良い例だ。


 しかもギョロナイは逃走してもすぐに追いつかれてしまう。


 逆に自ら剣をとって戦えば、他の兵たちはまだ将が健在であると知り、翼人の兵は奮起する。

 もともと翼人側が大軍なのだから、なおのことだ。

 

 そうであればこそ、レンリは早々にこのギョロナイを倒してしまう必要がある。


 レンリが剣を抜き放った直後に、ギョロナイの側近と思われる男がレンリに襲いかかってきた。


 一撃目を受けて、軽く弾くと、二撃目以降の心配はなくなった。

 ディルクがその男の攻撃を引き受けてくれたからだ。


 同様にギョロナイを守ろうと何人かの兵が来たが、サーシャたちに阻まれた。

 局所的にはレンリたちの側の兵のほうが多い。


 ギョロナイは窮地にいることを悟ったのか、自らも大剣を振るってレンリに斬りかかる。

 両手で持つその剣は、ギョロナイほどの巨漢でなければ扱いきれないものだっただろう。


 まともに戦えば、レンリの剣でも受け止めきれるものではない。

 軽く身をかわし、レンリはギョロナイの左から剣撃を放つ。


「青二才め! 翼人の武勇をなめてもらっては困る!」

 

 ギョロナイは叫びながら、大剣でそれを弾き飛ばそうとした。

 そこに隙があった。


 ギョロナイは自らの立つ位置よりかなり右に釣り出された。

 そして、レンリはさっと剣を引き、飛び退った。


 おそらくギョロナイは歴戦の勇士だったのだろう。

 だが、酒を飲み、かなり酔いの回った状態では、その力も十分には発揮できない。


 あっけなくギョロナイは体勢を崩し、レンリはギョロナイの背後に周り、剣を突き刺した。

 ごぼっ、と奇妙な音がし、ギョロナイはどす黒い血を吐いた。


「力のみを頼りにしたのが、あなたの敗因だ。さて、退場願おう」


 レンリは言葉と同時に、ギョロナイの巨体から剣を抜いた。

 彼は軽く痙攣し、そして、ぴくりとも動かなくなった。


 大都督の屋敷の制圧はほぼ終わり、ミランたちも浮足立つ翼人を各個撃破してまわっているようだった。


 もはや翼人の大半は敗走を始めていた。


「深追いは無用だ!」


 この戦いで追撃をする意味はなかった。

 追撃しても、レンリの兵力では敵を殲滅できるわけではないし、反撃されればかえって不要な危険を招く。


 大都督府の解放と、そして駐屯地の里を守ることがこの作戦の目的なのだから、十分な戦果を挙げた。


 後は、警戒体勢を崩さず、大都督府で捕らえられていた人々を保護し、混乱した状況を収拾することが肝要だ。

 だが、ともかくレンリたちは勝利した。


 ポンポン、とミランがレンリの肩を叩いた。


「レンリくん。ボクたちの勝利だ」


「ああ」


 わっと歓声をあげて、郷兵たちがレンリのもとにやってきた。


「これで危機を脱しました。校尉殿のおかげですな」


 ディルクがそう言い、サーシャも嬉しそうな笑顔を見せた。

 多少なりといえども、辺境の武官として、レンリは貢献できた。


 そのことにレンリは満足し、ミラン、ディルク、サーシャたちに礼を言うと、次の指示を出した。





 かつての北辺大都督、ザルギは、帝都の私邸で愕然としていた。

 彼は翼人の大軍を前に、かなうはずのない敵だと思い、敗走した。

 そして、帝都に逃げ帰ってきたのだ。


 が、大都督府の一人の将校がその翼人の軍を撃退し、あまつさえその将軍を討ち取りすらしたという。

 蒼騎校尉レンリ。


 それが、翼人を撃退した男の名前だった。

 どこもかしこも翼人との戦いが負け続きのなか、少数の兵を率いて翼人を討ち破ったレンリは、世間では英雄視されている。


 その一方で、ザルギの面子は丸つぶれだった。

 民衆はザルギを、臆病者、卑怯者として言葉の限りを尽くして批判している。


 ザルギは腸が煮えくり返る思いをしながらも、にやりと笑った。

 貴族の一人として、ザルギの政治力は決して低くない。

 尚書令トーランはザルギの味方になってくれるはずだ。


「レンリに分をわきまえさせてやろう」


 ザルギは、レンリを軍令違反として告発し、そして破滅させることを決めた。



☆あとがき☆

これで第二章は完結です!

次章から皇女リーファや女官僚セレカも再登場!


面白かった方、続きが気になる方は、☆☆☆レビューやフォローいただければ嬉しいです!




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