第21話 天と地と将と兵と
レンリの言葉に、兵たちはみな一様に目を見開き、そして押し黙った。
大都督府を占拠し、街を略奪し、人々を虐殺する翼人は大軍だ。
しかし、この駐屯地ですぐ動員できるのは、せいぜい千人程度の兵士。
それがレンリの率いることのできる最大の戦力だった。
なのにレンリは翼人を撃退するつもりだという。
沈黙を破ったのは、副校尉のディルクだった。
「それは非現実的だ、校尉殿。大都督府の本軍すら敗走したのだから、まして我々が勝てるはずがないでしょう」
ディルクの言葉に賛同する声がちらほらと上がった。
ざわめきが落ち着くのを待って、レンリはゆっくりと言った。
「そう。ディルクの言うことは一理ある。大都督府から逃げてきたサミグの言葉によれば、翼人はそれなりに大軍だ。たしかに兵数という面では、俺たちが不利であるというのは否定できない」
「それ以外の面では、違うということですか?」
郷兵の少女サーシャが、手を上げてレンリに尋ねた。
良い質問だ、とレンリは思う。
まさにそういう問いかけを待っていた。
「そのとおり。兵数以外の面では、あらゆる面で俺たちは勝っている」
「具体的に説明してください。いくら校尉殿の言葉といっても、私は兵たちを死地に赴かせるわけにはいきません」
ディルクは鋭くレンリを睨んだ。
(そう。ディルクの言うことは正しい……)
勝算なく、兵を無駄死にさせるような将であれば、いますぐにでも誅殺されるべきだとレンリも思う。
レンリはディルクをまっすぐに見据えた。
「古の兵法家ソルラムは言った。戦いの勝敗を決める四つの要素は、天と地と将と兵だ、と。いま、俺たちは数でこそ劣っているが、ディルクたちのおかげでいずれの兵もよく訓練され、賞罰ははっきりしていて、命令もいきとどいている。これが兵において、翼人に俺たちが勝っている理由だ」
「ボクたちのほうがここの地理に明るいし、しかも敵はボクらのことを警戒していない。だから地の利もあるってわけだ」
ミランが綺麗に響く高い声で言う。
うなずきながら、レンリは兵たちを見回した。
彼ら彼女らはみなレンリの言葉に耳を傾けている。
「そして、天。翼人は、しょせんこの地を略奪するために侵略して来たにすぎない。この翼人の侵攻には大義がない。けれど、俺たちが戦うのには、土地と仲間を守り、そして民の命を救うという意味がある。もし俺たちが逃げ出せば、みんなの家族がどうなるか、想像してみてほしい」
駐屯地の周辺には多くの里があり、貧しいながらにかなりの数の人が住んでいる。
そのなかには帝国の郷兵の家族も少なくない。
ここで翼人と戦うということは、帝国に忠義を尽くすというだけでなく、家族を守ることにもなる。
「だから、俺たちは天命を得ている。蛮族の翼人たちとは違うんだ」
レンリは、蛮族という部分に力をこめた。
けっして、レンリは翼人のことを蔑んではいない。
その結束力も戦闘力も侮れないものがあるし、そもそも文明と野蛮の境界が曖昧なのは聖祖シレンも認めている。
だが蛮族からいたいけな民を守るという言葉は、士気を高めるには格好の手段だった。
レンリはそこで一度、言葉を切った。
自然と注目がレンリに集まる。
頃合いを見計らって、レンリは声を張り上げた。
「いま敵は略奪の真っ最中だ。警戒もせず、武器も持たずに、欲望のままに動いている。そして、俺たちは大都督の旗をもっている。あたかも大都督府の本軍が味方を得て舞い戻ってきたかのように見せれば、敵が混乱することは必死だ」
翼人を殲滅する必要はない。
あくまで敵に不利な状況だと錯覚させ、撤退させれば良い。
それなら、十分に成功する可能性があるとレンリは思っていた。
大都督たちはあっさりと敗走したが、それは恐怖に駆られたからだとレンリは考えていた。
北夏の完全な征服が終わっていない以上、翼人もそれほど多くの軍をこちらに割くことはできないはずだからだ。
レンリは静かに兵たちに訴えた。
「天と地と兵の利を俺たちは得ている。もし将が勝利に足るものだとみなが思ってくれるなら、つまり俺が信じる価値のある指揮官だと思ってくれるなら、ついてきてほしい」
無理強いはしない、とレンリは付け加えた。
逃げたい者は逃げればいい、と。
これは賭けだった。
もしここで兵のほとんどが翼人の大軍に怯え、立ち去るようであれば、ここでレンリたちの負けは決まる。
だが、兵たちは誰一人として去ろうとしなかった。
ディルクが口を開いた。
「校尉殿を信じましょう。……帝国万歳、我らに天の加護がありますよう!」
帝国万歳、と兵たちが斉唱した。
レンリはうなずき、手を天にかざし、兵たちに号令した。。
「……進撃を開始せよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます