第20話 進撃
北夏の王都は陥落した。
翼人の部族連合による大規模な攻撃は、堅固で知られる王都の城壁をあっさりと破ったのだ。
そして、北夏の王都は血の海となった。
翼人は手あたり次第に王都の民を虐殺し、財物を奪い、女子どもを奴隷とするべくさらった。
蛮族、と彼らが呼ばれる所以だ。
が、この種の略奪と虐殺は、帝国の歴史には付き物だった。
王朝が交代するときは、必ず敗者にはこのような凄惨な戦いが待ち構えていた。
帝国の人々も状況が状況なら、なんら「蛮族」と変わらない行いをする。
レンリは歴史に学び、そう考えていた。
問題は、翼人が単独で北夏に対して完全勝利を収めてしまったことだ。
予想通り、翼人たちは帝国に対して、相応の対価を要求した。
王都と北夏南半分の譲渡の代わりに、帝国からの毎年の銀や財宝の支払額を上乗せするように要求したのだ。
「しかも、さらにまずいことになったわけだよね」
「北夏残党の蜂起か」
監軍の宦官、ミランの言葉に、レンリは応じた。
駐屯地の庁舎の狭い執務室にレンリはいて、ミランがそこを訪れていたのだった。
「そのとおり。尚書令トーラン閣下は翼人への財貨の支払いを免れようと、今度はひそかに北夏の残党を支援して、翼人に対抗させようとしてる。もう何が何だかわからないね」
レンリも同感だった。
たびかさなる翼人への背信行為によって、いずれ大きな代償を払わなければならないのではないか。
ミランがここに来てからすでに二週間が経った。
情勢はめぐるましく変化していて、彼はときどき大都督府に戻っては情報を仕入れてくる。
そのとき、駐屯地に鐘の音が響き渡った。
「敵襲?」
ミランがつぶやき、レンリは慌てて宿舎の外へと出た。
情勢が情勢だけあって、翼人が襲撃したのだとすれば、事態は深刻だ。
外に出ると、さっそく副校尉のディルクがやってきた。
「まさか翼人の襲撃かな」
「いいえ、校尉殿。しかし、遠からずそうなるでしょう」
ディルクはそういうと、部下の兵士を呼び寄せた。
彼はひとりの傷ついた兵士に肩を貸している。
その鎧に描かれた青龍の模様から、北辺大都督府の将校であることがわかった。
百人程度の兵を率いる「百士長」だろう。
がっしりとした体格と、短く刈り上げられた髪型は、練達の兵士を思わせたが、同時に彼はひどく傷ついていた。
衣服の腹部には赤黒い血の跡が生々しく残っている。
「早く手当をしてあげてくれ」
「私も手当をするように言ったのですが、どうしてもこの者が先に校尉殿にお伝えすることがあると」
百士長はうなずくと、息も絶え絶えにこう言った。
「私は北辺大都督府の百士長のサミグです。……レンリ殿、北辺大都督府は落ちました」
レンリは固まった。
(北辺大都督府が落ちた?)
翼人の主力部隊は、はるか西の北夏を占拠していたはず。
それが北辺大都督府を落とすとは、どういうことか。
レンリは頭を回転させた。
「翼人はとうとう帝国との同盟に見切りをつけたのか。そして、正面の尚書令トーランの大軍と戦うよりも、長躯して迂回し、帝国北方の境目を超えることを優先したのか」
「はい。我らは抵抗しようとしたのですが、大都督のザルキ閣下が大軍を前にして戦意を喪失。一戦も交えずに、逃亡されました」
レンリはうめいた。
あれほど偉そうに威張っていたのに、いざというときには全く役に立たない貴族め、と心のなかで愚痴をこぼす。
(もちろん、貴族の中にもセレカのような心ある者もいるのだけれど)
ともかく、翼人と帝国の本格的な戦争が始まった。
レンリのいる駐屯地は、北端にあるが、西側から大都督府を攻撃する場合、経由する必要はない。
だから、駐屯地より先に大都督府の本拠地が攻撃されたのだ。
百士長のサミグは、レンリに重要なことを告げた。
一つは、敵のおおよその兵力で、かなりの大軍であることは間違いなかった。
それ以外には、現在の大都督府とその庁舎のある街が、大規模な略奪にさらされていること。
そして、北辺大都督府の総司令官たる大都督府の軍旗は、ザルキに打ち捨てられたものの、現在はサミグがそれを救い出しこの地に持ってきたこと。
レンリはサミグに礼を言うと、彼に十分な休息をとらせるように言った。
もしサミグがいなければ、レンリたちは危ういところだった。
感謝してもしきれない。
「さて、我々はどうするべきだと思う?」
レンリの問いかけにみな暗い顔をした。ミランだけは少し面白そうな表情をしている。
「我々は孤立しています。一刻も早くこの地から撤退すべきです」
ディルクの言葉に、サーシャたち郷兵はうなずいた。
たしかに北辺大都督府が陥落し、西側の北夏を翼人が占拠しているという情勢では、レンリたちの部隊はほかの軍との連絡を絶たれている。
「けど、逃げるといってもどこに逃げる?」
「それは……」
ディルクは目をさまよわせた。
帝都方面へは大都督府を経由しなければ帰還できず、すなわちレンリたちの退路は断たれている。
レンリは言った。
「俺に考えがある。みなが俺のことを信じてくれるというなら、この窮地を脱することもできるはずだ」
誰もかれもが、レンリを期待のこもった目で見つめた。
このままでは、この駐屯地の兵も、里の人々も、虐殺されるか奴隷になるか、二つに一つしか道はない。
「大都督府へ進軍し、翼人たちを撃退する。それが俺たちの生き延びる道だ!」
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