第30話 平穏な旅路
馬車を何台も連ね、レンリたちの一行は翼人の軍営へと進発していた。
リーファの侍女や後宮の女性たちを乗せた馬車が、護衛の兵の乗った馬車に囲まれている。
先頭の馬車にはリーファ、レンリ、アイカに加え、先帝の貴妃ライラ、そしてもう一人の護衛の武官、内親王府旅帥のブランが乗っていた。
ブランは禁軍所属かつ下級貴族の出身者であり、気位が高い。
レンリの役職である典軍のほうが上位だが、ブランからしてみればそれが面白くないようで、終始不機嫌そうに黙り込んでいる。
一方、リーファは上機嫌だった。
隣に座るレンリにしきりに話しかけ、楽しそうにくすくす笑っていた。
もちろんこれから翼人の犠牲となるという恐怖を忘れようとしているのだとは思う。
「やっぱり、外の世界はいいですね!」
弾んだ声でリーファは言う。
冬空は晴れ渡っていて、これからリーファたちを待つ運命の暗さをまったく感じさせなかった。
もうすぐリーファたちは翼人にもてあそばれることとなる。
レンリはそれを止めることができない。
暗然とするレンリの内心とは裏腹に、リーファはアイカにかまいはじめた。
皇女が相手ということで、アイカはどぎまぎとしたけれど、リーファは気にせず笑いながらアイカの金色の髪を撫でた。
「綺麗な色の髪ですね」
「そ、そうですか……?」
「はい。こんな可愛らしい子を従者にしているなんて、レンリさんがうらやましいです」
基本的に、リーファの侍女はみんな彼女より年上だ。
そして、皇族同士が親し気に交わることはあまりないから、リーファは実の妹たちともそれほど縁がない。
つまり、リーファにとってはアイカは妹みたいな感じで新鮮なのだと思う。
リーファは小柄なアイカを膝の上に乗ってほしいと言い、アイカはそんなことをしてもいいのかと戸惑っていた。
レンリはアイカに金色の瞳見つめられ、うなずいた。
「殿下がそうおっしゃっているなら、かまわないと思うよ」
「さすがレンリさん。話が分かりますね! あ、でも、アイカさんが嫌なら、無理にとは言いませんけど」
「い、嫌だなんて、とんでもございません」
そういうと、アイカはリーファの膝の上にちょこんと乗った。
リーファがアイカを後ろから抱きしめた。
その様子を見ていると、本当に姉妹みたいで、レンリは微笑ましくなった。
ライラも同じように感じたのか、穏やかな目でリーファとアイカを見つめていた。
「楽しそうですね、殿下」
思わずレンリが言うと、リーファはくすっと笑ってうなずいた。
「はい。レンリさんがいるおかげです。でも、不満なこともあります」
「なんですか? 私に対処できることであれば、なんなりとお申し付けください」
「レンリさんにはできないことですよ。だって、私が不満なのはレンリさんのせいなんですから」
そう言って、リーファは頬を膨らませた。
レンリは慌てた。
何か皇女の不興を買うような失態を犯しただろうか。
「あ、レンリさんを責めているんじゃありませんよ? わたしが不満なのは、レンリさんがセレカと結婚することです
「へ? 殿下は俺とセレカの結婚に反対ですか?」
「そんなわけないですよ。わたしの大事な二人のことを祝福しないわけがありません。ですが……それにしても急じゃないですか? レンリさんはわたしのことを抱いてくれようとしていたのに!」
「で、殿下……! 声が大きいです!」
ライラはへえと言って薄く笑い、護衛のブランは目を剥いていた。
一番問題なのがアイカだ。
アイカは金色の目でレンリをじーっと見つめていた。
リーファはレンリの動揺を気にせず、続きを言った。
「あんなふうにレンリさんとセレカが情熱的に口づけをしているところを見せつけられたら、わたしだってやきもちを焼いてしまいます。ね、アイカさんもそう思いませんか?」
「はい! 思います! それに、レンリ様が……その……殿下をだ、抱こうとしていたって、どういうことですか!?」
リーファは翼人に陵辱される前に、レンリに初めてを捧げたいと言って迫ったことがあった。
そのことを、レンリはアイカには説明していなかった。
説明する理由もないし、そもそも十三歳の少女に話すには刺激が強すぎる。
けれど、アイカはかなり不満そうだった。
「レンリ様……。わたしをレンリ様の妾にしてくださいって言ったこと、覚えています?」
「ええと、そんなこともあったね。でも、今のアイカは俺の従者で弟子だ」
「はい。レンリ様のお側にいられるだけでも幸せです。でも……今でも、わたしはレンリ様の妾にしてほしいと想っているんです」
アイカはそう言うと、小さな身体を震わせ、頬を赤く染めた。
「冗談でもそんなことを言うのは良くないよ」
「冗談なんかじゃありません! セレカ様がレンリ様の正妻になるなら、わたしはレンリ様の妾になります。いつもレンリ様のそばにいるのは、わたしですから。だから、わたし、セレカ様に負けたりしません!」
アイカは金色の瞳を潤ませた。
リーファがアイカの肩をそっと押した。
その瞳はいたずらっぽく輝いていた。
リーファの膝の上から離れ、アイカはレンリに身を寄せた。
そして、小さな唇をレンリに近づけ、期待するようにレンリを見上げた。
セレカと同じように、自分にも口づけをしてほしいということだろう。
けれど、レンリはそれを受け入れるわけにはいかなかった。
レンリはアイカの肩をぽんぽんと叩くと、微笑みかけた。
「それは俺なんかより大事な人のためにとっておかないと」
「レンリ様はわたしの命の恩人で、わたしを導いてくれて、わたしの唯一のご主人さまで……。わたしにとって、レンリ様より大事な人なんていないんです」
「アイカはまだ十三歳だから。いずれ俺以外に良い人を見つけられるよ」
「そんなことないです! わたし、諦めませんから」
アイカは激しい口調でそう言った。
このままだと、アイカをなだめることもできなさそうだ。
レンリは困った。
口づけのような性的なことはできないけれど、代わりにできることはあるかもしれない。
レンリはそっとアイカの髪に触れた。
びっくりしたようにアイカは震える。
そのままレンリはアイカの金色の髪を撫でた。
リーファがアイカの髪を撫でているのを見て、思いついたのだ。
アイカは顔を赤くしていたけれど、やがて穏やかそうな顔になり、目を閉じた。
「今はこれだけで……我慢します」
「ありがとう、アイカ」
ちょうどそのとき、馬車の列は小高い丘にさしかかった。
そろそろ休憩しても良い頃合いだ。
御者たちも人間だし、乗客側もずっと乗りっぱなしは疲れるのだ。
食事をとる必要もある。
レンリたちはぞろぞろと馬車から降りた。
リーファが大きく伸びをする。
「いい風……!」
しばしの休息にみな心を踊らせているようだった。
ただ、レンリと、そして貴妃のライラだけは別だった。
「ねえ、あれ……」
ライラはつぶやいた。
丘の上は見晴らしが良く、遠くのことまで見ることが可能だった。
そして、ライラが指さしたのは、帝都の方向だった。
レンリはライラの言葉にうなずき、そして顔を青ざめさせた。
「帝都が燃えている……」
レンリの言葉にみな一斉に振り返った。
この日、帝都は陥落した。
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