第39話 妊娠
レンリが副都を手に入れ、将軍となってから二ヶ月が経った。
監国大元帥の皇女リーファを推戴しているから、レンリは地上で唯一の帝国軍を掌握していることになる。
とはいえ、その実態は寂しいもので、一万に満たない兵をかき集めたものにすぎない。
ホウロウらの反乱軍は勢いを増している。一方で、帝都を占領した翼人の軍は、不気味な静けさを示していた。
すぐにでも副都に攻め寄せるかとレンリは思っていたのだが、敵も一枚岩ではなく、また、慣れない農耕地帯の統治に苦しんでいるようだった。
それでも、いずれ戦いは避けられないだろう。
死んでいった人々、ラルス、そしてセレカのために、レンリは戦わねければならない。
時間がある分、兵の訓練には時間を使うこともできた。
それに、少しはのんびりする時間もある。
政務に時間を使いすぎて、過労で倒れた経験から、レンリは少し自重していた。
それに、アイカ、サーシャ、それにリーファから無理をするなと強く言われていることもある。
(三人とも、俺のことを心配してくれているんだな……)
特にリーファは皇女だが、もはやレンリの妻同然だった。
同じ部屋で暮らし、甲斐甲斐しくレンリに尽くしてくれている。17歳のかなり年下の美少女が、そんなふうに自分に接してくれるのだから、嬉しくないことはない。
セレカを失った痛みは癒せないが、それでも……少しずつ、レンリは立ち直ってきていた。
もっとも、口の悪い連中は、レンリが皇女を手篭めにして権力を手に入れたなどと言うが……。
実際には、レンリとの関係に積極的なのは、明らかにリーファだった。
そのことはよく知られていたし、それにリーファを筆頭とする「帝国」がレンリなしでは成り立たないこともあり、大きな批判は出ていない。
ただ、明らかに不満そうな少女が一人いて、それがアイカだった。
13歳のアイカは、これまでレンリの身の回りの世話をしてきたし、家族同然の存在だった。
だから、リーファがレンリの妻となることで、立場を奪われたように感じているのだろう、とミランは言う。
(そこまでアイカが俺を慕ってくれるのは嬉しいけど……困ったな)
アイカが自分を慕ってくれていることを、レンリは理解していた。
けれど、レンリはその想いに答えることはできない。アイカはまだ13歳の子どもだ。
そんなことを考えながら、レンリは昼下がりの午後を自室で書物を読みながら過ごしていた。
慣れ親しんだ聖学の経典を読むと、心が落ち着く。
ところが、そんなレンリの部屋のふすまがそっと開いた。
レンリがふすまに目を向けると、そこには金髪金眼の美しい少女がいた。
アイカだ。
そして、アイカは薄い布地の服を身にまとっていた。
胸部と下腹部をわずかに隠した扇情的な服装だ。
「あ、アイカ……!?」
「れ、レンリ様……あまり、見ないでください」
「なら、そんな格好をしないでほしいな」
「わたしがどうしてこんな格好をしてきたか……レンリ様ならわかっているでしょう?」
アイカの着ている露出度の高い服は、妾が主人の部屋を訪れ……抱かれるための服だった。
つまり、アイカはレンリに抱かれようとしている、ということだ。
レンリは慌てた。
「ま、待った。アイカは俺の弟子だ。それに、君はまだ子どもだし……」
「そんな言い訳、聞きたくないです! わたしはレンリ様のことが好きなんです。なのに、どうしてレンリ様はそんな意地悪を言うんですか!?」
「俺の妻はリーファだよ。アイカを娶ることはできない」
「わたしはセレカ様やリーファ殿下にはなれません。わかってます。だから、わたしを妾にしてください」
「アイカ……ダメだよ」
「リーファ殿下だって、セレカ様の代わりじゃないですか! だったら、わたしも……」
「リーファ様は、セレカの代わりじゃないよ。セレカは俺にとって大事な人だった。けど、リーファも、一人の人間として大切な存在なんだ」
レンリにさとすように言われ、アイカは金色の瞳を潤ませてレンリを見つめた。
「レンリ様は……わたしのこと、大事じゃないんですか?」
「大事だよ。アイカは俺の大事な弟子だ」
「良かった……」
アイカは微笑み、そして、いきなり身を乗り出して、レンリの唇に口づけをした。
その小さな唇は、とても熱かった。
アイカの小さな胸の膨らみが、レンリに押し当てられ、レンリはうろたえる。
アイカはレンリから離れようとしなかった。
どうしようか、とレンリは迷い、くらりとする。
たしかに……アイカを妾とすることだって、できるのだ。それをレンリが望めば。
貴族も官僚も大勢の妾を抱えているし、おかしなことではない。
アイカはそれを望んでいる。けれど、それがアイカにとって良いことかと言えば……。
それに、リーファが、レンリにはいた。
突然、部屋のふすまがふたたび開けられた。
そこには、皇女リーファがいた。
アイカはレンリに口づけして、抱き合っている格好だった。
アイカは慌ててレンリから離れ、頬を真っ赤にした。レンリも狼狽する。
良くないときに鉢合わせしてしまった。
リーファは黒い瞳で、レンリを見つめた。
「レンリさん……わたしだけでは満足できませんか?」
「い、いや、そういうわけじゃなくて……」
レンリはしどろもどろに言い訳をしようとする。
アイカも言葉を重ねた。
「レンリ様を責めないでください。これはわたしが勝手にレンリ様を誘惑したんですから」
「わかってますよ。でも、レンリ様がその気になりそうな顔をしていたから、心配になったんです」
アイカは意外そうに目を見張った。そして、アイカは嬉しそうに頬を緩めた。
「レンリ様が……わたしに……その気になりそうに……」
アイカはえへへと笑う。
リーファはため息をつき、そして、いたずらっぽく瞳を輝かせた。
「レンリさんが妾を作ったとしても、わたしが正妻なんですからね!」
「ああ、それはもちろん……」
「それに、初めてレンリさんの子どもを生むのも、わたしです」
レンリもアイカも同時に固まった。
リーファは黒い瞳を恥ずかしそうに伏せ、手で軽く腹部をさすった。
そして、消え入るような声で言う。
「その……わたし……妊娠したみたいなんです。レンリさんの子どもを……」
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