第35話 卑怯者の死

 副都総督アロサンは死んだ。

 翼人の侵攻と同時に、賊徒ホウロウによる大反乱も長期化しており、一時ほどではないにせよ、帝国の広域に深刻な危機をもたらしていた。


 そのホウロウの一党の一部が、副都周辺にも出没しており、アロサンはその討伐に自ら向かったのだ。


 ホウロウの乱自体は大規模な反乱であるものの、副都周辺に出没しているのは、言ってみれば小物ばかりで、ホウロウの威を借りるだけの盗賊のようなものだった。


 アロサン自身、武人としての経歴もあったし、自らが兵を率いて討伐することで求心力を高めようとしたのだろう。


 だが、結果として、帝国兵は予想外の敗北を喫した。

 伏兵がいたのだという。


 あまりにも、絶妙な場面でその伏兵はアロサンを襲い、結果として彼の死を招いた。

 まるで、敵はアロサンがどこにいるのかわかっているかのようだった。


 副都総督府の執務室で、レンリは元吏部尚書カラムに呼び出されていた。


「アロサン殿のことは残念だったが……いまは善後策を考えるしかない。さしあたって、この副都で最も官位が高いのは、このわしだ」


「つまり?」


 レンリの反問に、カラムはにやりと笑った。


「わしが今後の戦争指導を行うということだ」


 カラムは高官だが、武人としての経験はない。

 長くこの地で総督を務めたアロサンと比べれば、人望も乏しい。


 そんな彼が副都の帝国軍の指導者となることに、レンリは反対だった。


「さて、レンリ。まずは皇女殿下の身柄を引き渡してもらおう」


「なぜです?」


「いまや皇子皇女のなかで、生存が確認できているのは、リーファ殿下のみだ。それほどの重要人物を、貴殿のような卑官のもとに置いておくわけにはいかんだろう」


「ではどちらにリーファ殿下はお住まいになるのです?」


「ふむ。総督府の奥の最も高貴な部屋に住まわれるべきだが、総督としてわしがその部屋を使わねばならぬ。で、あれば、わしと同室というのでもよいかもな」


「恐れながら、殿下は妙齢の女性。たとえカラム様といえども、同室とはいかがないものかと」


「ならば、貴殿はどうなる? 貴殿こそ殿下と同じ部屋にいるではないか」


「殿下のご希望ですので。しかしながら、誓って、殿下のお体に触れるような真似はしていません」


「当然だ。だが、このままでは帝国の世継ぎがいなくなる。わしは先年、妻を亡くしているから、畏れ多いことだが、わしが殿下を妻として迎えようか」


 カラムは下卑た顔で言い、俺を試すように睨んだ。

 要するに、カラムが皇女を孕ませ、自身は皇帝のように振る舞おうということだろう。

 もともとカラムは好色で、美しい皇女そのものにも興味があるのだろう。


 しかし、皇女リーファにカラムがふさわしいとは、レンリは思っていなかった。


 また、カラムの言葉は挑発でもあるかもしれない。

 リーファを奪われるとなれば、レンリが激怒するのは予測がつくだろうからだ。

 そう考えて、レンリは自分にとって、リーファが思いのほか、大事な存在になっていることに気づいた。


 ともかく、進士派のレンリは、カラムにとっては目障りな存在だろう。

 リーファを手元に置きたいという意味でも、レンリはカラムの邪魔になる。


 だから、カラムはレンリを排除する口実を作ろうとするだろう。

 レンリが挑発に乗って反抗したときに、理由をつけて処断するつもりだ。


 そこまでわかっていたが、レンリはカラムに自分を排除することはできないと考えていた。


「カラム様、繰り返しになりますが、殿下は私のそばにいることを希望しています。そうであれば、殿下をお渡しするわけにはいきません。また、殿下とカラム様の婚姻にも賛成しかねます」


「ふむ。レンリはわしに歯向かおうというのか?」


 レンリはカラムの目をまっすぐに見据え、うなずいた。

 ははは、とカラムは声を上げて、笑うと、腰に帯びた剣を抜き放った。


「この者レンリは、国家危急のときにあって、上官の命に従わず、皇女殿下をたぶらかす大罪人だ! この手で誅罰を下してくれる!」


 カラムはレンリめがけて剣を振りかざした。

 が、レンリはすばやく抜刀し、その刃を一閃させると、カラムの剣は容易に弾き飛ばされた。


 カラムは武官のレンリの敵ではない。


 舌打ちをしたカラムは、手を上げた。


「忌々しい進士め。あのアロサンも目障りだったな」


「賊にアロサン来襲の情報を漏らしたのは、カラム様ですね」


「……ははっ、なんだ。気づいておったのか。そうとも、アロサンがいなくなれば、この副都も皇女も、帝国もわしのもの! 後は貴殿さえ始末すればおしまいだ。……衛兵ども、この進士を殺せ!」


 部屋の陰から五、六人の兵が飛び出した。

 いずれも青い衣をまとい、手に剣を握っている。


 彼ら全員を相手するとなると、レンリでも骨が折れるだろう。

 兵たちはすばやく進み出て、剣撃を放った。


 が、それはレンリに対してではなかった。


「なっ……! ぐっ……」


 カラムは胸に剣を突き立てられ、音もなく崩れ落ちた。

 兵たちが殺したのは、カラムだった。


「なぜだ……?」


 床で血を吐きながらあえぐカラム。

 レンリは彼を哀れみの目で見つめた。


「カラム様。あなたは思い違いをしていました。私には率いる兵がなく、一方のカラム様は副都に参集した兵を使うことができる、というわけではありません。なぜなら……この者たちは私の部下だからです」


 レンリはそう言うと、兵たちに目でうなずいてみせた。

 そのうちの一人は、銀髪銀眼の美しい少女だった。


「そう。レンリ様はあたしたちの指揮官なんですから」


 北辺の郷兵サーシャがそこにはいた。

 かつてレンリが北辺の蒼騎兵を束ねる校尉だったときの部下だ。




【後書き】



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