第24話 犠牲とされる皇女
レンリは帝都につき、状況のあまりの変化に困惑した。
帰還すれば、貴族派によって処罰されると思っていたが、そんな可能性は皆無となった。
北辺でこそ翼人は撃退できたが、全体としては翼人は疾風のような速さで帝国内地に侵攻し、帝都のすぐ北に迫る勢いとなっていた。
翼人の王弟ムリゲルを味方につけ、反乱を起こさせるという陰謀も、あっけなく露見した。
翼人の指導者カラルク=ワンヤンは自らの弟ムリゲルを処刑し、帝国との対決姿勢をますます鮮明にした。
事態がここに至り、主戦派の尚書令トーランは敗戦の責任をとらされ、失脚した。
その与党もいっせいに権力を失っている。
代わりに国政を主導することとなった大臣が、尚書右僕射のシスムだった。
彼は進士出身の人間でありながら、巧みに政界を遊泳し、貴族と肩を並べて大臣となっていた。
そして、シスムは翼人との和平を構想した。
まずシスムは現皇帝に退位を迫り、さらには皇帝に徹底した自己批判を行わせた。
平常時であればできない芸当だが、皇帝自身が翼人の大軍に怯え、帝都から南方へと逃げ出そうとする始末だったから、これは簡単に実現した。
皇帝はいわゆる「己を罪するの詔」を発し、これまで苛政によって民を苦しめたこと、戦禍を招いて多くの命を失ったことを悔いる声明を出した。
そして、南方の副都へと遷った。
代わって、帝位についたのは、第三皇子のキーンである。
彼はまだ二十代前半だが、英邁の誉れが高かった。
腐敗した官僚の一掃と現実的な戦争政策の遂行。
この二つを柱に、キーンとシスムは次々と改革を行った。
帝都にある種の革命政府が誕生したと言っても過言ではない状況となった。
そして、レンリは大臣シスムに呼び出されていた。
使用人にシスムの私邸の書斎に通され、レンリは大臣が現れるのを待った。
わずかな時間の後、シスムが部屋に入ってきた。
「ご無沙汰しております、シスム様」
「やあ、座ってくれよ」
シスムは優しげに微笑んだ。
シスムは三十代後半で、穏やかそうな見た目の人間だ。
大臣というよりは、田舎の教師といった印象を受ける。
二人は旧知の間柄だった。
というのも、レンリが進士に及第した科挙において、試験官を務めていたのがシスムだったのだ。
科挙は極めて高い難易度が高く、その試験結果は国家天下を論じる論文だから、試験官の胸三寸で合否が決まるといっても過言ではない。
だから、科挙の合格者は、自分を認めてくれた試験官を師として崇めることになる。
これは進士合格者の結束にもつながっていて、よくいえば助け合い、悪く言えば派閥作りを招いていた。
レンリはひとしきりシスムが筆頭大臣になったのを祝福し、そして本題に入った。
どういう用でシスムがレンリを呼び出したのか、だ。
シスムはレンリをまっすぐに見据えた。
「君の北辺での活躍は聞いている。世間では翼人撃退の英雄と君を称賛しているが、まったくそのとおりだ」
「過分な言葉、ありがとうございます。しかし彼の地での翼人撃退は、私の活躍というより、現地の郷兵たちの奮戦によるものです」
「謙虚だな。そうはいっても、朝廷の僕たちとしては、ぜひ君の貢献を称えて官位を上へ進めたいと思っている」
「それは大変光栄です」
レンリは緊張した。
官位を上げてくれるというのなら、処罰されたりするよりよほど良い。
が、問題はその官位とは何か、という点だった。
たとえ将軍にしてくれるといっても、絶望的な翼人との戦いの最前線に立たされるのであれば、嬉しいことではまったくない
「七品官の内親王府典軍。それが君の新しい官職だ」
「内親王府典軍、ですか」
内親王とは皇女に与えられる称号であり、内親王府は皇女付きの官僚の集まる役所であり、典軍はその軍事責任者だった。
ただ、内親王府といっても、皇女ごとにあるわけで、どの皇女の内親王府なのかが重要である。
「君にやってもらいたいのは皇女リーファ殿下の護衛なんだよ。これは重大な任務だ。なぜなら……」
シスムはいったん言葉を切った。
そして目を閉じ、ゆっくりと続きを言った。
「リーファ殿下には翼人との和平交渉の使者となっていただく」
レンリはシスムの言葉を反芻した。
それは、つまり。
「皇女を人質として翼人に送るのですか!?」
「まあ、君の言うとおり、実質的には人質に他ならない。国庫に眠る莫大な財宝、後宮の美女たちとともに、翼人に献上するわけだ」
「しかし、仮にも皇帝陛下の妹を翼人への供物にするなど……」
「そうでもしなければこの戦争は終わらないさ。貴族たちの始めた馬鹿げた戦争だが、今の僕はこれを終わらせなければならない。もう翼人は帝都に迫っている。君は北辺大都督府の惨状をその目で見たんだろう?」
翼人に占拠された北辺大都督府の街では、財貨が奪われるだけでなく、大規模な虐殺が行われ、女性たちは犯され、そして多くの人々が奴隷として拉致された。
帝都は北辺大都督府とは比べ物にならないほど巨大な街だ。
もし同じ惨劇が帝都でも繰り返されれば、それはこの世の地獄絵図となるだろう。
「皇女の身柄を渡すのは、カラルク=ワンヤンの提示した必須の講和条件だ。これを飲まないわけにはいかないよ」
シスムはあくまで穏やかに、リーファを犠牲にすると言った。
たしかに、シスムの言うことは正しいだろう。
このまま戦い続けても勝ち目は乏しく、大きな犠牲を出すだけだ。
戦争をやめるための最良の手段が、リーファを人質として送ることなのだ。
リーファ以外にも皇女はいるはずだが、母方の後ろ盾がなく、また容姿が優れていることから、リーファが選ばれたというのは理解できる。
けれど。
レンリは皇女リーファの姿を思い浮かべた。
黒髪の可憐な少女は、歴史に名を残す英雄になりたいとレンリに語った。
そして、リーファは、レンリなら、自分の力になってくれるとも言った。
もし、リーファが翼人のもとへ送られれば、それは実現しなくなる。
リーファははるか北の地に連れ去られ、運が悪ければ奴隷のような扱いを受け、慰みものとされることとなるだろう。
「殿下自身はどう仰っているのですか」
「自分の身一つで民を助けられるなら、かまわないと仰っていたよ。立派な方だ。ただ、一つだけ殿下は条件をつけた」
「それは……?」
「護衛を蒼騎校尉レンリとする、というのがリーファ殿下の強い希望でね。さて、この話、受けてくれるかな」
シスムは鋭く目を光らせた。
昇進といえば聞こえはいいが、レンリに与えられたのはかなり危険な任務だった。
レンリは帝国では翼人撃退の英雄扱いをされている。
それは裏を返せば、翼人にとっては仇敵であるということだ。
それでも、レンリに断るという選択肢はなかった。
国のために犠牲とされるリーファの、唯一の望んだことが、自分がそばにいるということなら。
それにレンリは応えたい。
話はまとまり、そしてレンリは皇宮のなかの内親王府へと向かい、リーファに会うことにした。
☆あとがき☆
皇女リーファ再登場! いよいよレンリのハーレムが本格化します……!
カクヨムコン週間ランキング、82位でした! 少しでもランキングの上位になって、より多くの方にお読みいただけるよう頑張ります!
面白かった方、戦争の行方やレンリのハーレムの今後が気になる方は……
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