第13話 英雄になりたい少女
皇女リーファの師は、レンリと同期の進士官僚、セレカだという。
どうして皇女が帝都からはるばる辺境へとやってきたのか、レンリはようやく納得できた。
強い風がその場を吹き抜けた。
リーファの黒い髪が綺麗にたなびく。
「この土地を案内してください、レンリさん」
「喜んで承ります」
「ありがとうございます」
嬉しそうにリーファは言うと、身を翻して庁舎から出た。
彼女のあとを禁軍の護衛たちがついていこうとするが、リーファはそれを手で制した。
「あなたたちは休んでいてかまいません。帝都からここまでの護衛、助かりました。ゆっくり疲れをとってください」
護衛たちの指揮をとる男は、鎧を着た大男で、彼は不満そうに言葉を返した。
「しかしながら、我々は殿下の身辺をお守りしなければならないのですが……」
「それはレンリさんとその仲間のみなさんがやってくださるでしょう?」
「ですが……このような郷兵たちに皇女殿下の警護を任せるのは心配です」
大男は憮然として言い切った。
ディルクやサーシャたちは顔をしかめ、明らかにむっとしていた。
しかし、リーファは首を横に振った。
「あなたたち禁軍が優れた軍人であるのはもちろんです。しかしながら、この土地の郷兵も野蛮な翼人を相手に一歩も退かずに戦う勇士たちだと聞き及んでいます。ですから、もし何かあっても、彼ら彼女らが私を守ってくれることでしょう」
リーファは諭すように鎧の大男に言った。
しぶしぶと言った様子で、鎧の大男は納得して引き下がった。
一方で、ディルクは皇女の言葉に心を動かされたようだった。
そして、リーファはサーシャに近づいた。
サーシャはびくっと震えて、銀色の目を伏せた。
怖いもの知らずに見えるサーシャも、さすがに皇女相手だと緊張するらしい。
リーファはサーシャの手を優しく握った。
びっくりした様子のサーシャに対し、リーファは優しく微笑んだ。
「あなたのお名前は?」
「さ、サーシャと言います」
「きれいな名前ですね。同い年ぐらいの女の子がいて嬉しいです。私の護衛をお願いできますか?」
「も、もちろんです。皇女殿下の護衛ができて、大変光栄です」
サーシャはうろたえながらもこくこくとうなずき、顔を赤くしていた。
他の郷兵たちも感極まった様子で皇女を見つめていた。
(聡明、いや英邁な方だな……)
レンリは感心した。
皇女リーファは禁軍の兵の面子をつぶさず、郷兵たちの心もつかむことに成功した。
郷兵は罪人と同じように身体に刺青を入れられ、蔑まれた存在だった。
そんな彼ら彼女らに、皇女という最も高貴な身分の人間が親しく声をかけ、手を握って護衛を頼んだ。
北辺の人々は権威をあまり気にかけないが、それでも皇女リーファの振る舞いは彼らを感動させるのに十分だった。
「さて、いきましょうか、レンリさん、サーシャさん、そして、郷兵のみなさん」
リーファは颯爽と北辺の平原を歩き出した。
慌ててレンリたちはその後を追った。
リーファが言う。
「気持ちのいい土地ですね。帝都の大明宮は狭っ苦しくてダメです。あんなところにいたら息がつまります」
「しかし、北辺は冬の寒さは厳しいですし、作物もあまり育たず、人々の生活は苦しいものです」
レンリはあえて皇女の言葉を否定してみた。
どう反応するか、皇女の人柄を探ろうと思ったのだ。
皇女リーファは気を悪くした風もなく、ふふっと笑った。
「そうでしょうね。きっと宮殿で育ってきた私にはわからない苦労があるのでしょう。でも……」
リーファは平野の向こうを指さした。
青空はどこまでも続き、やがて北辺の荒野と交わり、きれいな水平線を描いていた。
「あの先に何があるのか、私は気になります。ここには私の知らない自由な世界があるんです。セレカは私に世界を知るべきだと言ってくれました」
「セレカは殿下にとって良い師ですか?」
「とても良い先生ですよ。皇族と臣下という垣根を越えて、私はセレカのことを尊敬しています。あれほど賢い人には、宮廷を見回してもいないように思います」
「殿下のおっしゃるとおり、セレカは逸材です。必ずや帝国を支える良臣となるでしょう」
「はい。だからこそ、セレカが信頼するレンリさんというのが、どんな人か気になったんです」
「私は大した人間ではございません。セレカは私のことを過大評価しているのです」
「謙虚なのですね」
リーファは面白そうにレンリの瞳を覗き込んだ。
大きな黒い瞳は、綺麗に澄んでいて、不思議な色に輝いている。
「レンリさん、私に協力してくださいませんか?」
「殿下のご命令とあらば喜んで承りますが、しかしどのような御用でしょうか」
リーファはまっすぐに、力強くレンリを見つめた。
「私は英雄になり、後世に不朽の名前を残したいのです。軍を率いて蛮族を滅ぼし、この地の果てまでを帝国の領土として、永遠の平和と繁栄を築く。それが私の夢です」
皇女リーファはきれいな声でそう宣言した。
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