近くて遠い深き夜。君、何を思う。
カイリとSHOUJOAは、結局あれからも何度となく同じようなやりとりを繰り返しながら、なんとか作業を進めた。
配信が後半にさしかかる頃には、建築が苦手なカイリもSHOUJOAに指示されるがままに作る作業を手伝わされ、全体像を見ることも無くただひたすらあっちに行ってこれを付けて、戻って材料の準備をしてを繰り返す。
さあ、配信もそろそろ終わりという頃になって、やっと見えて来たその形は、地下帝国というほどでは無いがそれなりに雰囲気のある建物だった。今まであまり建築作業に関わってこなかった理人は、それを画面越しに見ながら妙に満足した気持ちになる。
しかし、今日のこの数時間の間に何回言ったかわからない言葉を思い出せば、よくここまでできたものだと思う。
[人の言葉を待て。]
[勝手にこちらの考えを決めつけるな。]
先輩風を吹かせているつもりはないけれど、この世界に最初からいるような人間はどちらかというと言葉達者で無い者の方が多い。彼か彼女かはわからないが、SHOUJOAがここで他の人間とも関わっていくのなら、それは誰かが言ってやらなければならないことだと理人は思ったのだ。
まあ、本音を言ってしまえば、顔を見ないでいるから言える。―――そんな言葉であることは間違いない。
それでもSHOUJOAは、それを言われる度にペコペコとお辞儀をし、たまに[り]と返し、時には[りょ]と返し、気にする風でもなく建築を続け、カイリに指示を出し続けた。こちらの返信を最後まで読んでもらえないイライラから、「くあーっ!」も「くえーっ」という叫びも、あれから何度か出た。それでもなんとか二人でここまでやった。
(それだけ作りたかったもの。―――ということなのか?)
相手の表情がわからないし、それについて聞こうとも思わないからその辺りは理人にはわからない。それでも成立するのだから、ネット上の人間関係というのは不思議だ。―――と、理人は思う。そして、凝った肩を伸ばすように椅子の背もたれに寄りかかり、伸びをした。
形になってきたそれを写真に撮ろうとSHOUJOAが提案してきたので、二人は並んでスクリーンショットを撮る。画面越しにそれを見ながら、[お疲れ様。]とカイリは携帯電話でメッセージを送った。
そのすぐ後にSHOUJOAからは[ありがとうございました。]と返ってきて、ちょっとしつこく言い過ぎたかと、理人は今更ながら少し反省をする。
配信の方ではJが締めの挨拶をしていた。
(今日も長かった。)
理人は、配信が止まったことを確認してからゲーム画面を消し、大きく溜息をついく。
(疲れた。)
一度、キーボードの前で突っ伏して、目を閉じた。それでも、先ほど撮った写真をパソコンからSNSにあげてしまおうと、再び顔を上げる。こういったことは鮮度が大事だという事も、経験からよくわかっていたし、小うるさい先輩のお小言を聞かされ続けたSHOUJOAを労わる気持ちも、そこにはあった。
『今日も頑張った。と言っても手伝っただけ。これを作ったSHOUJOAと一緒に。』
そう書いて、先ほどの写真をつけてUPする。そして、他を確認することも無くパソコンの電源を切った。
「ふぅ。」
思わず声が出てしまうような溜息をついて、苦笑する。辞めたい辞めたいと言いながら、気が付けば頑張ってしまう自分に、理人は笑ってしまったのだった。
(楽しくないわけじゃないんだけどな。)
理人は、立ち上がり部屋の電気を消して布団に潜った。間違いなく明日も寝不足だ。鬼の山田の数学が明日はあったなと、そんなことを考えながら、仰向けのままもう一度携帯電話を見れば、もうあと数時間しか眠れないことに気が付いた。そして、先ほど投稿したばかりのSNSにコメントが付いていることにも。
配信を最後まで見ていた人だろう。この人も明日は寝不足なのだろうか。それとも、遅い時間の出勤だったりするのだろうか。―――そんなことを考えながらそれを開けば、なんと癒しのフォロワー「ミコ」からのコメントだった。
(あいつ、こんな時間にまだ起きてるのか。)
『お二人とも、お疲れさまでした!』とだけ書かれたコメントに、思わず顔がにやけて口元を押さえる。妙にソワソワしたような気持ちになって、携帯電話を仰向けのお腹に当てれば、少し暖かいそれに、癒されていくようなそんな気がした。
帰り際の三田の事を思い出す。そう言えば放課後のあいつは少し変だったなと理人は思い出して、再び携帯電話を見た。
森を見送った後、再び座ってしまった背中。何があったのかなんていうことはどうでも良いけれど、こんな時間まで起きているということが妙に気になった。
しばらく悩んで悩んで、理人は慣れないフリック入力でコメントに返信を書いた。
『いつもありがとう。』
ただ、それだけのメッセージ。
それでも、一度誰かに返信してしまえば、他の人にも返信しなくてはならなくなるだろう。理人もそれはわかってはいたが、それ以上に気になってしまったのだ。
明日、また元気に学校に来てくれたら良い。―――ただ、それだけの気持ちで。
送ったメッセージにあっという間についた「いいね」が、彼女がまだ起きていることを証明していた。
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