悪役令嬢とその取り巻き。そして、鯉と風見鶏。

 今日の学校も、結局寝てばかりだった気がする。チャイムの音と、先生が何やら言っている声が重なる中、がたがたと皆が立ち上がる音が響く。



(やべ。肩、凝った。)



 理人は、左の手で右の肩を押さえながら首を回す。ゴキゴキゴキとなかなかすごい音がした。

 授業もゲーム配信も、同じ体勢でいることがほとんどだ。体育と登下校以外で、運動らしい運動はしていない。運動不足、ここに極まれりだ。しかも、理人が一日どんな動きをしているか、GPSで軌道でも残してみれば、学校と家を点と点で結んだ一本の線が出来上がるだけだろう。本屋も文房具屋も、ゲーセンでさえ、今は携帯電話で事足りるのだから。


 教科書の類いは学校に置きっぱなしだ。大して入れるものも無く、弁当さえ空になって軽くなったリュックを背負う。


 斜め前で、三田晶子が森明菜に手を振っていた。そういえば、この二人が一緒に帰っているところを見たことが無い。理人は今更ながら不思議な気持ちでそれを見ていた。三田の帰る姿は何度も見ているので、もしかしたら森が、らしくもない部活動でもしているのかもしれない。


 理人が教室を出る前に、もう一度だけ三田に視線を戻した。彼女は、教室を出て行く森の背中を目で追っていた。その背中が少しさみしそうな、そんな気がして、理人はドアに手をかけたまま立ち止まる。少し気にはなったが、ここで様子を見ているのも変な話だと、後ろ髪を引かれるような、そんな気持ちのまま教室を出た。


 下駄箱に向かう方向、教室前方側のドアからもう一度三田の方を見れば、彼女は呆然としたように前を見ながら、椅子に再び座ってしまっていた。




「今日、クラスの女子が大喧嘩でさ。やべーのなんの。」

「まじで?」



 帰りのバスの中、岡ちゃんが今日クラスであった喧嘩騒ぎを教えてくれた。ただその原因については現在聞き込み調査中らしい。明日になれば、きっとそんな調査も忘れてしまうだろうけれど。



「女子ってさ、なんでああやってグループを作りたがるんかな。」

「なあ。」



 女子を「女子」だと認識し始めた頃には、既にそんな感じだった。悪役令嬢と取り巻きというほどではないが、明らかに誰か一人か二人を中心に動いている。そして、そこから外れたら、友達はもう誰もいないかのような、そんな不安を抱えていそうに見えるまわりの女子たち。



「グループ作るから、余計に抜けた時にぼっちになっちゃう気がするんだろな。」

「だなあ。」

「なんだよ、あまり興味無さそうだな。」

「え?いや、女子って難しいんだなあと思ってさ。」



 理人は、帰りの三田の背中を思い出していた。妙にさみしげなそれは、森と何かあったのだろうか。森は普通に手を振って帰って行ったように見えたけど。



「なんだよ、またお前のファンの子絡みか?」



 岡ちゃんがニヤリと笑う。あまりに図星ぶりに、理人は目を見開いた。



「え?いや、なんで?」

「理人、顔に出すぎ。」



 前にもそんなこと言われたなと思いながら、理人は困ったように笑った。岡ちゃんは色々鋭い。こんな感じで思っていることを当てられるのも、今に始まった話ではない。


 大したことじゃないんだけど。―――と前置きしてから、今日の帰りに見たことを理人は話す。喧嘩したようには見えなかったけれど、もしかしたら何かあったのかもしれないと。すると、「慰めてやったらええがな。」と、岡ちゃんが関西弁のテレビタレントのような話し方で、ニヤニヤしながら腕を小突いた。



「え、でも。」

「カイリ様のファンなんやろ?いけるやろー。」

「いや、でも。」

「でも、でもで、発展する恋なんかないで!」



 何を言われたのか、意味が分からず岡ちゃんの顔を凝視したまま理人は固まった。そんな理人に驚いて、岡ちゃんも固まった。



「え?恋?」



 引っかかった言葉をそのまま岡ちゃんに返す。



「おま、いや、それ、恋だろ。だって、気になるんだろ?」

「え?それだけで? 恋?」

「それだけで十分だって。」

「え?誰に?」

「お前は、ばぁかぁか。」



 岡ちゃんがとても楽しそうに笑っている。理人は全く意味が分からずにうろたえるだけだ。



(俺が?恋?誰に?)



 唐突に現れた、理人にとっては異世界語のような単語に、頭がショートする。



「あかん、固まってもたか。」



 岡ちゃんが、理人の目の前で手を振っている。



「いや、そんなわけないやろ。」

「ほな、特定の女子の話を理人がするなんてこと、今までにあったか?」

「無かった?」

「無いわ!」


(恋、故意、鯉。そう言えば昔、風見鶏に恋しているニワトリの歌を母親が口遊んでいたことがあったっけ。)


「ダメだ。完全に思考回路がやられた。」



 そう言って、理人が眉間を押さえる。



「キャパオーバー?良いね。」

「岡ちゃんのせいだ。」

「あはは。大丈夫。撃沈しても骨は拾ってやるから。」



 それは少し頼もしいが、撃沈前提らしいのが気に食わない。

 それでもまた三田のことを考えて、とっくに三田が使う駅は通り過ぎているのに、バスの窓の外を気にしてしまう。



(もう、学校を出ただろうか。)



 自分の頭は、一体どうなってしまったのだと頭を抱えたくなる理人だった。











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