推すとおすは似て非なるものなり。
『頑張る』と言っていたはずなのに、その日の配信で、画面にカイリ様が映ることは一度も無かった。
(な、ん、でー?)
いよいよ配信も終わってしまい、あまりのがっかりに晶子は枕に突っ伏した。
(大好きなカイリ様に今日こそは会えると思っていたのに、なんたる仕打ち。)
期待していただけに、打ちのめされた感が半端ない。枕から顔を上げられないまま、もうこのまま寝てしまおうかと晶子は目を閉じた。
(今日は頑張るって言ったはずなのに。)
いつもは映るか映らないかわからない、どちらかと言えば映らない、正しく言えばほとんど映らないカイリ様だ。晶子がこれほどまで一生懸命に配信を見ることは無いし、なんならいつも途中で寝落ちというのがパターンなのに、今日はカイリ様が頑張るというので、最後まで、しかもしっかりと見てしまった。
(カイリ様のことだから、絶対何か頑張っていたはずなのに! Jのバカ!)
配信者と参加者の関係とか、どういうやりとりをしているとか、晶子には全くわからないのがもどかしい。カイリ様の呟きを、Jが見ていないということだけははっきりとわかったが。
(なんで見ないのよー! 今日だけでも見るべきでしょー!)
―――と言っても、最近増えて来た参加メンバー全員のそれを確認することは、無理な話だということは晶子もわかっている。よく画面に映るメンバーの呟きに、たまにJがコメントしていることは知っているが、それでも参加者は増えるだけではなく、減ることも多い。その入れ替わりも激しく、いちいち答えてはいられないだろう。
(今からでも参加できないかなぁ。そしたら、中でどんなやりとりをしているのかわかるのに。)
晶子はそう考えて、カイリ様の周りをうろううろする自分を想像する。
(だめだ。ストーカー認定される。)
晶子が見始めた頃、参加は誰でもできる形だった。晶子も何度か悩んだが、そのゲームのパソコンでの操作が苦手で、結局思いきれないまま気が付けばメンバー制に変更されていた。それでも、Jにダイレクトメールを送れば参加できるようにはなるらしいが、そんな勇気は持ち合わせていないし、なによりもう今更な気がした。
枕に突っ伏したまま起き上がれないでいたその時、手に持っていた携帯電話が鳴った。顔だけ上げた晶子は、携帯電話を顔の前に持ってくる。
カイリ様がSNSをアップしたらしい。カイリ様を推すためだけに作ったサブのアカウントなのに、明子は今ではこればかり見てる気がした。
そこには、カイリ様と黒っぽいスキンの人が並んで立っているスクリーンショットが映っていた。その後ろは広々とした空間が出来上がっている。どうやら、地下らしい。カイリ様は基本的に地下を掘ったり、木を切ったりして資源を集めている人だ。きっとこの地下はカイリ様の拠点みたいなものなのだろうと納得する。
外の世界ではJと新しい参加者が、できたばかりの学校のような建築物で遊んでいたのを思い出し、学校に行かず自分のやりたいことをやっているカイリ様が格好いいと晶子は思った。
(私も、まわりに流されない人間になりたいな。)
最近は、流されっぱなしになっている気がするのだ。特にあーちゃんに。
今日のことは、時間が経つにつれて後悔が増すばかりで、家に帰ってからもなかなか浮上できないでいた。一緒に隣の高校に、例の男子を見に行くべきだったのだろうか。あーちゃんに、「わかるー!」と言って、その格好良さを認めるべきだったのか。その男子高生を見たことはないけどね!でも「わかる。」と言っていれば、万事OKなところがある。わかる!―――そんなことをグダグダと考えている内に配信の時間になり、それが始まれば、その間だけでも忘れることができたのだが…。
(ああ、またBAT入りそう。)
入学してすぐの友達作りは後々まで響く。失敗したとは言わないが、正解だったかと問われれば、微妙と答えるだろうと晶子は思う。
がばっと起き上がり、もう一度携帯電話を見る。鬱々と考えていても仕方がないと、晶子はコメントを書いた。
『お二人で堀ったんですか?すごい!』
何ができるんですか?とか、地下帝国作るんですか?とか、書こうかどうしようか散々迷って、結局書いたのはその20文字にも満たないものだった。
(上手に推すのって難しい。)
ふと思い立ち、『上手な推し方』で検索してみる。すると、画面に出て来たのは『印鑑のきれいな捺し方』とか『印鑑をきれいに捺す3つのポイント』とか『正しい印鑑の持ち方』とか。
印鑑ばっかかよ!―――と、ずらりと並んだ印鑑の画像に晶子は思わず笑う。そして、『推し』と間違わずに書いたかどうかを確認する。画面の検索する文字を入れるところにはしっかりと『上手な推し方』と書いてある。
(押し間違えたかと思った。)
押し間違える。
推し、間違える。
晶子は今度は「おす」を漢字に変換していく。推す。捺す。押す。牡。お酢。
押忍!
(まあ、いっか。)
気分転換はそこそこ上手な方だと晶子は思う。頭の中は、元気な応援団が並んで元気に挨拶している。明日は間違いなく寝不足だ。頑張ろう。―――と、部屋の電気を消した。
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