君とフードパーカー、僕とその横顔。

 酒井理人は、昔から人付き合いはかなり苦手な方だ。高校での友達は、今までの人生で唯一とも言える友、岡ちゃんこと山岡竜太郎だけ。


 小中一緒の学校で、家も近所。偶然高校も同じところに進むことになった岡ちゃんは、陽気なオタクで理人以外にも友達がいる。でも、帰る方向が一緒なので、下校はいつも一緒だ。クラスが違うし、待ち合わせもしないが、なんとなくいつもバス停で一緒になって、なんとなく一緒に帰る。



「最近、ずいぶん人気出て来てるな。例の、あれ。」



 同じ制服に埋め尽くされたバスの中。動き出したその揺れに耐えるように座席の背に付いている手摺につかまりながら、岡ちゃんは言った。

 理人が着ているフードパーカーを、会った瞬間にいじり倒した岡ちゃんは、理人がそれと同じようなパーカーを着たスキンを使って、カイリという名でゲーム実況の生配信に参加していることを知っている。

 実は、Jのところを理人に教えたのが岡ちゃんなのだ。当初、理人より先に参加していた岡ちゃんは、人気がさほど出る前にちゃっちゃとやめてしまっただけだ。



「俺も続けておけば良かったなぁ。そうすれば、彼女の一人や二人。」



 岡ちゃんはそう言って、両手をわしわしと動かしながら、下卑た笑顔をしてみせた。しかし、全く本心でも無さそうな言葉に、理人はあきれた顔をする。



「今からでも戻ってくれば良いよ。」

「無理、無理。今はもうメンバー制だろ?」

「俺からJに言う。サーバー大きくしたから、まだまだ入れるらしいし。」

「いや、ごめんなさい。まじ無理っす。」



 理人が夜遅くまでそれに付き合わされていることも、岡ちゃんは知っている。生配信されている時間を見れば、こちらから言わなくてもわかることだ。岡ちゃんは、今でもたまにその配信を見ているらしい。



「今のシリーズ、結構面白いよ。」

「裏方のやってることは、何だって一緒だよ。」



 理人が投げやりにそう言えば、岡ちゃんは「確かにな。」と呟いて、困ったように笑った。


 その時、窓越しに見える駅へと向かう同じ学校の生徒たちの流れの中、彼女が歩いているのが見えた。人の顔を見て「げっ。」と言った三田晶子だ。どうやら森は一緒ではないようで、彼女は後ろからぶら下げたようなポニーテールを揺らしながら一人で歩いている。バスがその横を通り過ぎ、後ろへと追い抜かれていく彼女を、理人は無意識に目で追っていたらしい。



「どうした?クラスメイト?」



 岡ちゃんの声にはっとしてそちらを見れば、はるか遠く小さくなってしまった彼女をどうにかして見ようとしているかのように、彼はその身体を乗り出していた。座席に座っている人が岡ちゃんを見上げたのに気が付いて、理人はそれを止めた。

 


「岡ちゃん、どうしよう。」



 理人の顔に視線を戻した岡ちゃんは、「何。どうした。」と、真面目な顔になる。



「俺、身バレするかも。」



 理人は、バスの音に消されるかどうかの声で、口に手を当てて岡ちゃんに言った。



「え?なんで?」

「さっきのあいつ、俺の…フォロワーだと思う。」

「まじで?」



 岡ちゃんはもう一度身体を乗り出して、もうとっくに見えなくなった彼女を見ようとする。座席の人があからさまに嫌さそうな顔をして岡ちゃんを見たので、理人は慌ててそれを制し、「すみません。」と言った。


「あ、ごめんなさい。」と岡ちゃんは言いながら、理人と同じように口に手をあてて「なんでわかったの?」と聞いてきた。



「今日、休み時間にSNSで呟いたら、あいつが同じタイミングで携帯電話いじってたのと、…待ち受け画面。」

「待ち受け?」

「待ち受けが、俺のスキンだった。」

「まじかよ!がちじゃん。」



 がちだ。大がちだ。まさかこんな目の前に、自分のフォロワーがいるとは思わなかった。



「付き合っちゃえば?」

「………は?」

「それ、俺だぜって言って、付き合っちゃえば良いんじゃね?」



 岡ちゃんが何を言っているのかわからなくて、理人は完全に思考停止だ。



「何?どうゆうこと?」

「だって、お前のファンなんだろ?」


 (俺の?ファン?誰が?)


「え?」

「お前は、馬鹿か。」



 岡ちゃんが、蟀谷のあたりをトントンしながらひどく丁寧にそう言った。普段ならイラっとするそれも、今の理人にはそれどころでは無かった。



「待ち受けをカイリにしてるってことは、カイリをおしてるってことだろ。」

「おす?」

「おす。」

「おす?」

「推薦のすいの推す!」



 前に突き出した理人の手を、バシッとはたき落としながら岡ちゃんは言った。理人もわかっているのだ。それはネット小説でも漫画でも、たまに見かけるあれだ。だからといって、まともに読んだことはない。



「理人、顔真っ赤。」

「お、岡ちゃんが変なこと言うから。」

い奴め。」



 まだ頭はパニック状態だ。携帯電話を見て優しく笑った、斜め後ろからの顔を理人は思い出す。そんな顔もできるんじゃないかと思ったそれを。



「何、思い出してんだよ。」

「何でもない。」



 思わずニヨニヨしていた顔を引き締める。



「理人、顔に出すぎ。」と言って岡ちゃんが笑った。







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