クラスメイトが僕を推す。
林奈
欠伸と消しゴムの落ちる音、それは出会いの予感。
「あ、ふ、う。」
窓際の一番後ろの席。前の席に座るクラスメイトの背中に隠れるようにして、あくびを必死で噛み殺した。それでもたまる涙を、誤魔化すように下を向く。
間もなく日差しの暑さでやられるだろうが、今はまだ特等席とも言える場所。―――窓際の一番後ろの席で、
最初はただただ楽しかっただけのそれも、毎晩のように呼び出されれば、段々としんどく感じるものだ。
再び顔を上げ、背中を向けるクラスメイト達の頭が並ぶ向こう、黒板に書かれていく呪文のような数式を呆然と見ながら、理人は、またしても出そうになったアクビを再び噛み殺した。
元々は、自由参加だったあるゲーム実況者の生配信に、暇潰しのように参加したのが始まりだった。
それは、木を切ったり、岩を掘ったりして材料を集めながら、農地を作って家畜を飼って、拠点を作って…そんな風に発展させていくゲームを、動画配信しながら皆で楽しもうというものだ。
「サカイリヒト」の真ん中だけ取った『カイリ』という名前で、興味半分で参加し始めたのだが、もともと黙々とやる作業が好きで、そんな作業をしている内に誰かが作りあげていく世界が楽しかったし、そんな単純な作業を感謝してもらえるのも嬉しかった。
それが、最近はどうだ。
頬杖を突きながら、くるくると指の上で赤ペンを回す。こんっという音がして、それが指から落ちたことを知り目線を下げれば、コロコロとそれが机から落ちそうになって、慌てて両手を伸ばした。落ちることは防ぐことができたが、ガタっと椅子の音をさせてしまい、まわりのやつらの怒気のようなものがこちらに向いた気がした。
(やっべ。)
高校に入って初めてのテストも近いし、皆気を張っているのだろう。何より数学の山田は怒ると怖い。
ペンのクリップ部分はペンケースに入れると嵩張るからと、それが無いものを買ったのは失敗だった。あれは、机から落ちないようにするためのものだったのだ。しかも、無意識でやってしまうペン回しは、意識してやるとなぜかよく落ちる。
人気が徐々に出始めた配信は、気が付けばノルマのように毎日毎晩招集がかかるようになった。参加者も増えてきたことだしと、理人は一度だけこそっと抜けようとしたことがある。けれど、新しく入って来るメンバーは目立ちたい人間ばかりで、コツコツとやれる人間が必要なのだと、配信者であるJからしつこくダイレクトメールが届くようになり、それに押される形で結局やめることはできなかった。
毎晩のように配信されるその裏側で、僕のような人間がいるのを忘れないでほしい。―――理人がそう伝えれば、Jは彼を立てるようになり、気が付けば新しいメンバーから先輩として頼られる。そして、いよいよ辞める理由を見失った。
そんな理人を支える唯一のモチベーションは、最近少しづつ増えて来たフォロワーからの応援メッセージだ。
宣伝のためにやって欲しいとJに言われて始めたSNSだったが、少しづつとはいえフォロワーが増えていくのは純粋に嬉しかったし、適当なことを呟けばコメントをもらえるのも楽しかった。それがあの配信のお陰だという事も理人はしっかりわかっていたが、それでも自分を認めてもらえているような、そんな気持ちになれる場所だった。
今では告白めいたメッセージだって来る。実物を見れば、皆一様にメッセージを送ったことを後悔するのだろうけれど―――と、理人は自虐する。
ブルーグレーのフードを被ったスキンを使っているということもあって、フォロワーが三千人を超えた時に、その記念として同じような色のフードパーカーを買った。今日はそれを着ての初登校で、理人はその写真を朝からUPした。もちろん、顔は隠してだ。
気分は上々だったはずだ。でも、眠いものは眠い。
トン。トン、ト。
―――と音がして、理人は顔を上げた。誰かが落とした消しゴムがこちらに転がってきたのだと知る。
(やばい、また意識が少し飛んでた。)
ノートに写したはずの数式が、にょろにょろとしたミミズのようになっていて愕然とする。
(ああ、やばい。まじで眠い。)
斜め前の席の女子がガタッと椅子をずらし、消しゴムを取ろうと振り返ったところで涙目の理人と目が合った。
「げっ。」と彼女は言って、あからさまに嫌そうな顔をした。
「なっ。」
頭にきて思わず何か言いそうになってしまったが、今は山田の授業中だ。慌てて口を押える。
あっという間にまた前を向いて座った彼女を、理人は斜め後ろから睨んだ。気の強そうなポニーテールが揺れた。
三田晶子。
地味な名前の癖して、いつも賑やかな女子とつるんでいる奴だ。彼女自身、さほどの派手さはないが、ぎゃあぎゃあ煩いのと一緒にいるのを見る限り、同類なのだろうと理人は思っている。
(しかし、「げっ。」とはなんだ。人の顔見て、古典的な驚き方しやがって。)
そう思いながらも、今、自分はひどい顔をしているのだろうと理人は納得する。あくびをかみ殺したせいで目は充血しているだろうし、なんなら寝起きの可能性が高いことをノートのミミズが証明している。
(オタクが寝不足で何が悪い。)
もっさりとした髪型、細いと言うよりは不健康と言った方が合っている猫背な身体。現実の女子に好かれないことぐらい、理人自身が一番よくわかっているのだ。
――――――――――
「昨日のハル君、超やばくなかった?」
「わかる!やばかった!」
休み時間になると、斜め前の三田と、その前の席の森明菜のぎゃあぎゃあが始まった。
こいつが煩いんだよなぁと、理人は迷惑そうな視線を向けてみるが、あっという間にそれに気が付いた森が、「なんだよ、酒井。こっち見んな。」と睨んできた。
(お、おそろしい。)
頭を下げて、見てませんポーズだ。理人はやるせない気持ちになって、机に隠した携帯電話を手に取る。そして、今の気持ちをSNSで呟いてみることにした。
(ちょっとした嫌がらせだ。ざまーみろ。)
情けないやり返し方だとわかってはいるが、堂々と言い返せるほどのメンタルの強さはどこかに置いてきたどころか、おそらく生まれた時から備わっていなかったに違いない。
朝に投稿したパーカーの写真に、たくさんのいいね!が付いていることを確認し、にやついてから、文字を打つ。
『目の前の女子怖し。休み時間は、休みの時間。』
(送信!っと。)
してやったりと心の中でガッツポーズをしながら森の方をちらりと見れば、こちらに背を向けていた三田が何かに気がついたようにして、ポケットに隠していたと思われる携帯電話を取り出した。そして、それを見てふっと嬉しそうに笑う。
(なんだ、そんな顔もできるんじゃないか。)
彼女が嬉しそうに何かをうちこんでいる姿を、理人はなんとなく見ていた。
「何?何?」と森がのぞき込もうとするのを、「ひみつ~。」と言って三田がその視線から携帯電話を隠す。彼女が動く度に、揺れるポニーテール。
(彼氏からのメールか?)
森がこちら側を向いているので、頬杖をついて見ないフリをしつつその動きを横目で見ていた理人だったが、彼女はあっという間に返信を終えて、ささっと携帯電話をポケットに隠した。
(返信、はやっ!)
流れるような一連の動作に見とれてしまいそうになれば、再び森と目が合いそうになって慌てて下を向く。手に持っていた携帯電話に目線を落とせば、先ほどのツイートにもう返信が来ていた。
『カイリ様、お疲れ様です!ゆっくり休んでください(*^^*)』
女の子らしい犬のぬいぐるみのアイコンが可愛い。最近、よくメッセージをくれる「ミコ」という名のフォロワーからのコメントだった。
(はあ、俺の天使。)
斜め前の喧騒も、気にならないぐらい理人は癒された。そして、そのコメントに『いいね!』を送る。
(ミコちゃん、君のお陰でどんなに蔑まれても平気でいられる。)
そんな馬鹿なことを考えていると、そこでまた斜め前の三田が携帯電話をポケットから引っ張りだしたのだ。妙にタイミングが被るなと、その様子を斜め後ろから見ていたら、ふとその携帯電話の画面が目に入った。今着ているパーカーと、色が被る。
(あれは…、俺のスキン?)
カイリがゲームで使うスキンが、そこに映されていたのだ。
(待ち受け画面が、俺のスキン?え?どういうこと?)
まあ、つまりはそういうことだったというわけで。
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