竹馬の友と歩む刻、その浅はかで愛しきこと。

「キラキラ」と「可愛い」は正義だと、クラスメイトのあーちゃんは言う。


 三田晶子は、中学卒業と共に、長年こじらせて磨き上げて来た陰キャも卒業すべく、まずは見た目から努力することを決めた。

 眼鏡無しでは歩くことのできない視力はコンタクトレンズで矯正し、ボブという名の長めの「おかっぱ」だった髪は、卒業前には伸ばし始めて、頭の上の方で括る所謂ポニーテールという髪型にした。まだ後れ毛の残る長さだったが、二つに縛る勇気はさすがにない。それでも頑張った方だと鏡の中の自分を見ながら思う。それを見た時の、両親の安心したような態度は解せなかったが。



(それほどひどかったということか?)



 森明菜こと「あーちゃん」は、入学当初、名前の順で席が前後だったこと、お互いに昭和な名前ってことで仲良くなった。というか、一方的にあーちゃんが晶子に話しかけている。それに合わせるように晶子が話す。それは入学式が終わってから移動した教室で、席が前後になったその日から変わらない。

 三年のなんとか先輩が格好いいとか、なんとかっていう俳優さんが素敵とか、フワフワの髪の毛を揺らしながら、キラキラした目をますますキラキラさせて話すあーちゃんはとても可愛いと晶子は思っている。

 でも、見た目はフワフワなのに、言葉はかなりきつい。



「アコは好きな人とかいないの?今の推しメンは?」



 もう口癖なのではないだろうかというその質問に、晶子はありがちな俳優の名前をだす。あーちゃんが前に格好いいって言っていたのをパクっただけだ。

「わかるー。格好良いよねー!でもさ、リアルは?」と、あーちゃんが苦笑する。


 本当の推しはいるけれど、それは昔の隠キャ感がすごいという理由で、晶子はそれを絶対に言わない。それでも推しネタは外せない。だからこそ、話を合わせるために、人気があると言われるようなドラマやバラエティ番組だけは見るようにしているのだ。そんな努力に、最近ちょっと疲れてきたところ。




 中学三年の終わりごろの事だった。幼なじみのユタ氏こと松井由多が教えてくれたJという名のゲーム実況者が、毎晩のように生配信している動画に晶子は嵌まりに嵌まった。

 最初は、晶子が好きなゲームという理由で見ていたのだが、それを数人でやると発展のスピードも違うし、事件も起こる。そんな様子を眠くなるまでのんびり見ているのが好きで、次の日にユタ氏とそれについて話すのも楽しかった。


 そんな軽い感じで見ていたはずなのに。



 ある日、Jが一人の参加者を『お前、地味だからスキンを変えてきた方が良い。』といじった。ありがちな人間のスキンである彼は、確かに晶子が見始めた頃から参加していたはずだが、晶子が思い返してもこれといった記憶がない。



(きっと地道に作業して、裏で支えているんだろうな。)



 そんな風に考えれば、その地味なスキンだって可愛らしい。

 そして、しばらくして彼が変えてきたスキンは、今までのスキンにフードパーカーを着ただけのものだった。『ほとんど変わってねーじゃねーか。』と、Jはそれを楽しくいじっていたけれど、ブルーグレーのフードを被ったそれが、晶子はとても可愛いと思った。


『それもまだ微妙に地味だなー!でも、まあいっか。』と言ったJを画面越しに睨む。



(もう一度変えて来いとか言われなくて、良かった。)



 それから配信の時は、彼が参加していないかを確認するのが当たり前のようになっていた。よくよく観察してみれば、やはり想像通り彼は裏方で、目立ったことをしている人達の後ろで、ブルーグレーの彼はいつも何かの道具を持って走りまわっている。

 Jの周りをうろついたりしないので、映るのは通り過ぎていく姿だったり、走り去って行くところだったり、一瞬映っただけというものばかりだ。晶子は、それを宝探しのように楽しむようになっていた。



『昨日の推し様、可愛すぎて、我、尊死。』



 そんな風にSNSで呟けば、『それな。』と返信してくれるのはユタ氏だけだったのだが、最近ではフォロワーも『いいね!』も少し増えた。それだけカイリ様の人気が上がってきているということだ。『いいね!』が増えていくたびに、晶子は、嬉しいやら悔しいやら複雑な気持ちになるのだ。




 ――――――――――



「ミタ氏の昨日の呟きは、秀逸なりね。」

「ありがとうございます。ユタ氏にそう言っていただけるとは、恐悦至極。」



 高校からの帰り道。途中の駅で電車に乗り込んでくるユタ氏とお喋りしながら帰るのが、晶子の毎日の楽しみである。

 いつの間にか定着した不思議な話し方は、小学校時代から培っていったもので、今更ミタ氏と普通に会話するなど想像もできない。だからといって、この会話を誰かに聞かせる勇気は晶子には無い。



「そういえば、本日、げに恐ろしき事あり。」

「何ぞ?」

「推し様と同じパーカーを着ている阿保がおりました。」

「なんと!」



 そうなのだ。落とした消しゴムを拾おうとして、斜め後ろを見たら、何とももっさりとした男が、必死であくびを噛み殺している瞬間だった。そいつが!着ていたのだ。カイリ様と同じパーカーを!

 しかも、カイリ様がそれを着た写真をSNSに投稿した、今日という記念すべき日に!なんと無礼なことか!



「でも、あのパーカー、量産だからたまに見るよ。」

「まじすか。」

「自分も着たらよろしい。」



 ユタ氏の落ち着いた物言いに、晶子の駆け上がったテンションが一気にしゅんとする。

 実は、晶子ももう既に購入してあるのだ。なんなら、カイリ様がそれを着て写真付きで呟く今日よりだいぶ前に、既に見つけて購入済みだった。それをユタ氏も知っている。



「恐れ多くて。」

「わかる。」

「しかし、それを!あの陰キャが。酒井理人という、もっさりとした猫背の、背だけはでかい、ヘッドフォンでいつも何かを聞いているような奴が、カイリ様とお揃いなんて!」



 思わず大きくなってしまった声に、口を押えて周りを見れば、特に誰も気に留めてはいないようだった。



「お主、陰キャを馬鹿にしておるな。」

「いえ、心は常にそちら側でござる。でも我は、高校では陽キャになると決めたのだ!」



 一人称の数だけ、人格がある。そんなものは常識だ。―――晶子は、カイリ様に釣り合う自分になるために、高校入学と共に自分を変える、いや、偽ることに決めたのだった。「我」だけだった一人称に「私」が追加され、二重人格になったような気分だったが、それでも推しを推すための努力と思えば、我慢できた。あーちゃんという楽しい友達もできて、毎日が楽しくなる…はずだったのだが。


「ご無理なさらぬよう。」と、ユタ氏がニヤリと笑う。

 晶子はそれに「はい。」と静かに返事をした。






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