目が合わなければ、恋は始まらない。

 気が付けば、目線が斜め前に座るクラスメイト、三田晶子の方に行ってしまう。


 ゲームの途中に入るストーリーのように、視点がずれる。そっちを見たくも無いのに見させられている、そんな感覚。魅了の魔法か、呪いにでもかけられたのだろうかと、理人は頭を抱えた。



(それもこれも岡ちゃんが変なことを言ったせいだ。)



 理人だって、その理由はわかっているのだ。三田を意識している自分がいることを認めたくないだけで。


 窓から外を見下ろせば、次が体育らしい岡ちゃんが、クラスメイトと追いかけっこのようなことをして、ふざけているのが見えた。

 岡ちゃんは、いつだって多くの友達に囲まれている。だからといって、それが羨ましいというわけではないし、岡ちゃんもそれをわかって理人に誰かを紹介することもない。小学校からそれなりに仲良くやってこれたのは、そういったところなのかもしれないと、理人は頬杖をつきながら現実逃避をする。



「でさぁ、朝の話なんだけどね。」



 相変わらずちょっと高めな森の声が聞こえて、再び現実に戻される。声が大きすぎて、聞きたくも無いのに耳に入って来るそれは、その話の内容までだだ洩れだ。登校時に会った隣の高校の男子生徒が格好良かったのだと、その話の内容まで理解している自分に理人は呆れる。今日の森は、朝から休み時間の度にその話をしているのだ。よく飽きないものだと、またしても思わずちらりとそちらを見てしまった。


「何、こっち見てんのよ。」と森に睨まれて、理人は慌てて目線を逸らした。



(なんでそんな怖えんだよ。)



 目線を上にあげないようにするために、携帯電話を机に隠すようにして開いた。昨日から妙に癖のようになってしまったSNSを覗く。昨日の夜も、呟くでもなく、気が付けばそれを開いていた。配信中でさえそれが気になったのは初めてだ。



(本当に三田だったんだろうか?)



 そんな疑問が理人の頭を過る。待ち受け画面は確かに自分だったけれど、理人にとって癒しのフォロワーである「ミコ」と三田が、同一人物かどうかは確認できていない。



(偶然が重なっただけじゃないのか?)



 ふと思い立ち、理人は何かを呟くことにした。



『今日は、いつもより頑張る。』



 何も思いつかなくて、ひどく格好悪い中途半端な文章になってしまった気がするが、ちらりと一度三田を見てから、理人はそれっと送信を押した。目線を下げたまま、三田の動きを視界の隅で必死で捉える。彼女は森と話しているだけで、携帯電話を取り出すような動きは全くしない。



(やっぱり、違かったんじゃないか?)



 なぜか、少しがっかりしたような気分になりながら、理人は手に持った携帯電話を一度確認する。まだ何も返信の無いそれの画面を消して、小さく溜息をつきながらポケットに隠した。





 ――――――――――



 学校を出てすぐにあるバス停。理人が乗るバスは、道路を挟んだ向こう側だ。帰宅の途につく同じ学校の学生の列の中、理人がバスを待っていると、いつものように岡ちゃんがやってきた。



「理人!どう?確認できた?例のやつ。」

「まだ。」



 暗に三田のことを言っているということはわかったが、妙に癪に障るというか、少しイライラした気分になる。



「何?なんかあった?」



 それを察したのか、岡ちゃんが理人の顔を覗き込んできた。勘が良いのか、空気を読むのが上手いのか。なぜか昔から岡ちゃんは、理人の思っていることをよく当てる。



「何も…無い。」



 イライラする理由など何も無い。反抗期特有のイライラみたいなものだろうか?なんとなく自分の気持ちが自分のものでないような、嫌な感覚だった。


 その時、校門から歩いてくる三田が見えた。今日も森は一緒ではないようだ。もしかしたら、格好良いと騒いでいた男子を見に、隣の高校へ行ったのかもしれない。



(そういうのは一緒にいかないんだな。)



 妙にホッとした気持ちになって、思わずふっと笑う。



「あいつ?理人が言ってた子。」



 岡ちゃんも気づいたようで、顎で三田の方を指した。三田は校門を出るなり、携帯電話を手に取って、それを見ながら歩いて行く。駅の方向に向かうのだ。


 その時、三田が立ち止まった。



(どうした?)



 三田はその場で、携帯電話を額に付けながら天を仰いだ。そして、一人何か悶えているようだった。



「あれ、何やってるんだ?」



 岡ちゃんが理人の方を向いて聞いてきた。「わからん。」と言って、理人は首を横に振る。

 三田は、その場で立ち止まったまま、今度は携帯電話を何か操作した後、それをポケットに入れて再び駅の方に歩き出した。スキップしそうなほどに足取りが軽い。理人と岡ちゃんは並んでそれを見ていた。



「なんだったんだろうな。」

「なあ、理人。ちょっとSNS開いてみろよ。」



 岡ちゃんに言われたことの意味がよくわからないまま、理人は手に持っていた携帯電話でSNSを開く。すると、先ほど呟いた理人のつまらない呟きに、既についていたコメントの中、『楽しみにしてます!』というコメントが今まさに付いたばかりだった。

 書いたのは、癒しのフォロワー「ミコ」。



「当たり?」

「当たり、かも?」



 呆然としたままそれを見ていたら、岡ちゃんが肘で小突いてきた。



「モテ期、来たんじゃね?」

「いや、でも。」

「付き合っちゃえば良いんじゃね。」


 いや、でもちょっと待て。――――と理人は思う。



「でも、彼女、まさか俺だと思ってない。」

「あ。」



 岡ちゃんが、理人の顔をじっと見る。もっさり猫背のそれに、岡ちゃんが完全に困ったような顔をした。理人はそれを見て苦笑する。陽キャと、陰キャ。それは交わらざるものだ。ヒエラルヒーの頂点と、枠外。王を目指すものと孤高を貫くもの。



「だろ?」

「うーん。」



 岡ちゃんが、諦められないかのように腕を組み何かを考え始めた。周りがそわそわと動き出したのを感じて、バスが来たのだとわかる。三田が去って行った方向とは逆の方向から、バスが近づいてくる。特有の匂いがしてバスが止まり、そのドアが開いた。



「うーん。」

「岡ちゃん、もういいよ。」



 そう言って、二人はバスに乗り込んだ。続々と乗り込んでくる同じ制服の固まりに押されながら、理人は三田が去って行った方向が見える側の席の取っ手を持つ。岡ちゃんがその横に立って、先頭の方を覗き込んだ。



「理人も電車にしたら?」

「一駅だし、その後またバスに乗るのか?」



 岡ちゃんが口をへの字にしたのを見て、理人は苦笑した。









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