夏の訪れと、愛しきパーカー。
ブルーグレーのカイリ様色のパーカーは、あーちゃんに概ね好評だった。
ほくほくとした気持ちで一日過ごしたその帰り道、いつもの駅で乗り込んできたユタ氏がそれを見た瞬間にケラケラと笑った。
「昨日の配信記念に着てまいりました。」と裾を持って前に突き出すようにユタ氏に見せれば、彼女は表情を一転させて妙に深刻そうな顔をした。
「カイリ様色に包まれるとはお主、やりよるの。悪役令嬢物で言えばそこからドロドロの怨憎劇が始まるというもの。」
「やめて。」
確かに言われてみれば、ヒロインが王子から送られた王子色のドレスを着てパーティーに出て、エスコートされずに怒る悪役令嬢と対峙する話はよくある。
(この場合は、誰と誰?)
まずは、私とカイリ様。てことは、私はヒロイン?
「え?それって破滅フラグ?」
「一概にはなんとも。」
ユタ氏は首を振り、晶子は苦笑する。見慣れた流れる景色。電車はその勢いを増す。
「でも、あーちゃんは喜んでくれましたよ。」
「落ち着いたようで、一安心ですな。」
そういって優しく笑うユタ氏に、晶子は心の中で感謝をする。ユタ氏がいてくれたから頑張れているところも間違いなくあるからだ。
他の友達の話をすれば、嫌がる女子も多い。気にせず話せる友は、得難い。
あれからあーちゃんは、晶子が話すより先に言葉を足されてしまうことはまだあるけれど、晶子が困ったような表情をすれば、一旦止まって確認してくれるようになった。それがたわいもない話だとしても。
「言葉を待ってくれると、陰キャコミュ障としてはありがたきこと。」
「今はもう違かろう。」
「でも、何かの時にはすぐ逆戻りしちゃうよ。」
「陽キャとか陰キャとかにこだわりすぎるのは、良くないでおじゃるよ。」
「急におじゃる!」
「他に良い語尾が思い付かなかったの!」
笑う晶子にユタ氏は悔しがった後、少し考え込むような仕草をして言葉を続けた。
「性格の問題だし、陽キャとか陰キャとかきれいに分かれるものじゃないんだよ、きっと。小説でも、ラブコメか恋愛かの区別が難しかったりするじゃない?」
「確かに。」
「馬鹿パクとか渋知みたいに、どちらとも言えるということが、世の中往々にしてあるのだよ、きっと。」
「何それ。」
聞き慣れない言葉に、晶子が難しい顔をした。ユタ氏が言うには、昔の替え歌番組で、その歌を評価するのに使ったのだそうだ。
「最近、母親が懐かしいと言いながら見ていたものでの。歌が古くて我にはわからぬが。」
「で、なんだっけ?さっきの。」
「ん?」
「なんとかパク?」
「馬鹿パクと渋知。」
変な言葉に晶子が笑う。
馬鹿と、インパクト有と渋いと知的の四種類が評価としてあり、馬鹿パクは馬鹿とインパクト有の間で、渋知は渋いと知的の間ということらしい。他にもインパク知とか馬鹿渋といったものもあるらしい。
「じゃあ、陰キャと陽キャは、いんようキャ?」
「そこは混ぜんでよろしいのでは。」
電車がスピードを落としていく。二人の降りる駅はまだ先だが、乗客がそわそわとし始めた。二人で笑っていると、ユタ氏がふと思いついたように言った。
「そういえば、そのパーカー。もっさり男とはお揃いでないのかね?」
「彼はあれ以来着てきておりませぬ故、着て来れた次第。でないと、クラスメイトとお揃いとか…まじ無理っす。」
晶子がそう言うと、ユタ氏は晶子の顔をまじまじと見た。
「彼?」
「え? 彼。」
「阿呆から出世されましたな。」
楽しそうにユタ氏が笑うと、指摘をされたことに納得した晶子は笑った。
「失礼な物言いでした。」
頭を軽く下げながら、晶子がそう言えば、ユタ氏も笑う。電車が止まり、二人が立っている方とは違う側の扉が開いた。人が降り、そして乗って来る。
実際、彼がこのパーカーを着てきたのは一度だけだったし、大丈夫だろうと踏んで今日着てはみたのだが、それでもやはり晶子は確認せずにはいられなかった。
朝のホームルームでプリントを回しながら彼をちらりと見れば、ちょうど彼がプリントを落としたところで、とても驚いたような顔をしていた。晶子は、前髪に隠ているのに見開かれたのがわかるほどに驚いていた酒井の顔を思い出す。呆然としたようにこちらを見ていたのは、同じ服を着ていたからだろう。
「こいつ!同じの着てやがる!とか思ってるやもしれませぬが、これはカイリ様のパーカー。これを着る権利は簡単には譲れませぬ。」
「彼もこれで着てくることはなかろうもん。」
確かに、今日晶子が学校に着ていったことで、彼は着にくくなっただろう。そう思うと、少しさみしくも感じた。悪いことをしたわけでも無いのに、浮かぶ罪悪感。
そして…?
(パーカー、彼、似合ってたもんなぁ。)
カイリ様がパーカーを買ったといってUPしたSNSの写真を思い出せば、顔が映って無かったけれど、おそらく背格好は酒井と同じぐらいだっただろうと思うと、晶子はなんとなく彼が着た方が良かったのではないかと思うのだった。
「でも、もう半袖の時期ですから。」
「あ、確かに。」
電車のドアが閉まる。電車の中は既にクーラーがかかっているようだ。日々、暑さを増していく。高校に入って初めての中間テストが終われば、夏はもうすぐそこだ。
教室のクーラーを嫌ってそのパーカーを持ってくることはあっても、着て来ることはもうしばらくないだろうと思うと、寂しさが増した。
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