それは自分であり、自分でない。そんな三角関係。

「お!なんか良いことあった?」



 バスの停留所に理人がやって来たとき、岡ちゃんは既にその列に並んでいた。理人は岡ちゃんの後ろに並んでいた学生にペコリと頭を下げて、その横に入れてもらう。横入りはここでは暗黙の了解だ。



(一番面倒なのはこいつだ。)


「あ、面倒なやつ来たとか思っただろ。」



 横に並んだ理人の腕を岡ちゃんは小突きながら言った。



「いちいち人の考えを読むな。」

「で、何?なんかあった?」

「何も。」



 今日は、三田より後に教室を出たはずだ。既に駅に向かっているはずの彼女が、岡ちゃんの目に入ることは無いだろうと、理人はちょっとだけホッとしていた。「なんだよー。けちー。」と岡ちゃんがブツブツ言っている間にバスがやって来て、いつものように乗り込んでいく。岡ちゃんが先に乗り込んだはずなのに、いつものように三田が見える側の窓の方に無意識に立ってしまうのは、もう癖みたいなものだろうか。確率は二分の一だ。狙ってやっているわけでは無いと、理人は自分に言い訳をする。



「そういえばさっきさぁ、俺の前通ってったよ。彼女。」



 そう言われて理人がギギギと音が鳴りそうなほどにゆっくりと岡ちゃんの顔を見れば、にやりと彼の口角が上がる。その顔で、誰のことを言っているのかはすぐにわかった。



「カイリの服着て。」

「うっせ。」

「可愛かったなぁ。」

「見んな。」

「独り占めすんなよぉ。」



 岡ちゃんがによによと笑う顔にイライラして、その顔を右手で抑える。



「笑うな。」

「悪かった、悪かった。」



 岡ちゃんが焦ったようにそう言えば、理人は手を放し目線を外に向けた。きっと顔は真っ赤になっていることだろう。そんなことはわかっていたが、もう隠せるようなものでもないということも、理人は分かっていた。

 そんな理人の様子を見て、岡ちゃんは少し驚いたような顔をした後、一瞬困ったように笑い、そして話を逸らした。



「昨日の配信、見たよ。よく作ったなぁ、あんなの。」

「ほとんど、しょうじょあ?しゅうじゃあ?あれ?名前聞くの忘れたわ。」

「聞いとけよ。」

「まあ、どっちでも良いんだよ。そいつが作ったんだ。」

「黒いやつ?」

「黒いやつ。」

「すげぇな。」



 カイリは指示された通りのことをしただけだ。SHOUJOAの作りたいように作らせただけだったが、達成感はそれなりにあり、SHOUJOAが誉められれば、自分も誉められたかのようで素直に嬉しい。

 ネタの中で壊されてしまった地下帝国だが、セーブしておいたデータで復元することも可能だった。しかし、その壊れた感じもまた良くて、せっかく盛り上がったのだからと、そのまま保存されることになったのだった。



「あいつ、女?男?」

「え?しょうじょあ?知らん。てか、どっちでも良くね?」



 そんな理人の言葉に驚いたような岡ちゃんだったが、「確かにな。」と優しく笑って、窓の外に目をやった。



「そういえばさ。」



 なにかを思い出したかのように、岡ちゃんはあっという間に顔を理人の方に戻す。首を痛めてもおかしくない早さだった。



「ここ数日、SNS上げてないだろ。」

「え?ああ。忘れてたわ。」



 そういえば、最後にあげたのは先週だったか。生配信が終わった後にも何やら色々あって、理人はその存在を完全に忘れていた。

 携帯電話を取り出して自分のSNSのページを開いてみれば、今までにない通知の数が目に入る。



「んなっ!?」



 理人の驚いた声に、岡ちゃんが「何?何?」と乗り出して、携帯電話を覗いて来た。

 通知の数もなかなかだが、最後にUPしたSHOUJOAとの写真に付いた『いいね!』の数も今までと桁が違っていた。



「バズってんな!」

「え? 俺、SNS辞めた方が良いかな。」

「どこまでビビり!」



 岡ちゃんは笑うが、有名になりたかった訳ではないのだ。これはいよいよ、あの生配信への参加を辞めるべき時が来たのだと理人は思った。



「やっぱ、もう参加するの辞める。」

「ええー、三田ちゃん悲しむよー!」


(それを言われると、地味に辛い。)



 三田は理人のことをクラスメイトとしか思っていないだろうが、カイリのことを推してくれているのだ。カイリは理人で、理人はカイリで。―――なのに、なんだこの嫉妬みたいな気持ちは!



(この微妙な三角関係!)


「三田にはちゃんと説明する。」

「俺がカイリ様だぞって?」

「ちゃうわ! SNSで、生配信への参加を辞める理由を書くだけ!」



 岡ちゃんはつまらなそうな顔をした後、「泣いちゃうかもよ。」と真面目な顔で言った。



「泣かせない。」

「じゃあ、言うの?俺がカイリ様って。」

「言わない。」

「ええー、じゃあどうやって。」

「これから考える。」



 きっと何か方法があるはずだと理人は思う。三田がカイリを想って泣くかと思うと、何だか許せなかった。



「結構、マジなのね。」



 岡ちゃんがぼそっと呟いた。申し訳なさそうな顔に、今まで構い過ぎたことへの反省が伺えて理人は苦笑した。



「マジらしいです。」



 理人が真似するようにぼそっとそう答えると、岡ちゃんは二ッと笑って「頑張れよ、な!」と理人の背中を叩いた。







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