吉と出るか、凶と出るか。席替えは恋の運試し。
テスト期間中、生配信の参加は休んだが、それでも結果は散々だった。
既にほとんどの教科で答案が返されて、ざわざわとした落ち着かない空気がやっと薄まり、授業が通常運転になってきた頃、理人は少し前に移動になった席で、頬杖をつきながら外を眺めていた。
(あまり近くない方が良いとは思ってはいたけどさ。まあ、離れるわな。普通。)
好きという気持ちを自覚したからといって、何かが急激に変わるものでも、何かを変えられるものでもない。ただ、ぼんやりと彼女を眺めることができた幸せな時間は、唐突に行われた席替えによって終わりを告げた。
引いたくじの番号が書かれた席は、窓際の前から二番目。お気に入りの窓際ではあるが、教壇が近くなったことで結果的に良いか悪いかはひどく微妙なところだ。黒板を見ても、見えるクラスメイトは片手で足りる人数で、その中に三田の姿は無い。彼女の姿が見えなくなって、『気がつけば三田を見ちゃう病』、通称『三田見病』が落ち着くのではと期待した理人だったが、彼女のいない視界は妙に暗い気がした。
代わりによく見えるのは、前の席に座った森の、鼻が痒くなりそうなフワフワな髪の毛だ。
皆が新しい席に着席を終え、それを見回すかのようにして三田の席を探してみれば、彼女の席は隣の列の一番後ろだった。席替えを終えた後の休み時間に、森の席までやってきた彼女は、席替えする前と一つしか変わらなかったと笑っていた。
(何だよ。こっち見て笑うなよ。)
森が前にいるせいで、三田がこちらを向いているかのようにして話すものだから、理人は目のやり場に困っていた。顔が赤くなっていそうで、理人は頬杖をついて外を眺めるフリをして誤魔化す。しかし、森が窓際の壁に寄りかかるようにして三田と話し始めたせいで、会話に自分も入ってしまっているような、そんな錯角に陥る。
(前向いて喋れよ。)
いつそれを森に言うべきか考えている内に、森はいよいよ理人の席を肘掛けとして使うようにまでなってしまった。その腕をどかしてほしいとも言えず、悶々とした気持ちで雨が降り始めた外を見ていれば、「酒井も、ゲームしたりすんの?」と森が完全にこちらを向いた。
「へ?」
確かに、ゲームがどーのこーの言ってるなと思ってはいたが、まさか話をふられるとは思わなかった。驚いて見た森の顔から視線をずらせば、横に立つ三田と目が合う。
「え、あ、いや、うん。」
「何だよ。どっちだよ。」
森が困ったように笑う。相変わらず口調はきつい。三田が申し訳なさそうに笑った。
「戦闘系とかは?得意?」
理人の顔を覗き込むかのように顔を近づけて森が聞いてくる。理人は焦って仰け反るようにして距離をとった。
「まあ、それなりに。」
「じゃあ、フレ申請するから、戦いに行こう!レッツゴートゥ鬼がぁ島!」
(なんなんだ、この距離感。)
急に友達感を出してくる森に理人がたじろぐと、「あーちゃん、酒井が困ってるよ。」と、三田が助け船のようだが全く助けになっていない言葉を森にかけた。
「いや、困っている、わけ、では、ない。」
「なぜ、スタッカート。」
(距離感が掴めないだけだ。)
細切れになった理人の言葉に、ツッコミを入れた森が笑っている。それにつられるようにして三田が笑えば、理人もなんとなく口許が緩んだ。
「アコは戦闘系、やってくんないんだもん。」
「慌ただしいゲームは苦手なんだもん。エイムはゴミだし。足手纏いになるのは嫌だよ。」
体勢を戻した森にほっとして、理人は再び頬杖をつく。今時の女子は戦場にも行くんだなと思いながら、やいのやいのと盛り上がっている二人を見ていれば、「あの建築系のゲームは?やる?」と再び森に話をふられた。
『あの建築系』とは、生配信でやっているあれだ。ドクリと心臓から嫌な音がした。―――そんな気がした。
しかし、聞かれたからと言って自分がカイリだとバレる訳ではないのだと思い直し、「まあ。」と適当な感じで肯定する。
「作れる方?」
「いや、あまり。」
「じゃあ、戦う方か。」
「まあ。」
何でこんなに話をふられるのか、既に友達といった雰囲気に理人が困っていると、「あーちゃんは建築、好きなんだよ。」と三田が理人の斜め上で言った。笑顔が眩しかった。
(チクショー。可愛いじゃないか。)
理人が心の中で悪態をついていることも知らずに、三田は「この前も凄いの作って…。」と言いながら、ポケットから携帯電話を引っ張り出し、画面に指を滑らせた。早い指の動きに、目が回りそうだ。
「見せて良い?」と三田が聞けば、「見て、見て。」と森が理人に言った。
「これ、これ。」と森が三田の携帯電話の画面を指差した。
「凄くない?」と三田が前かがみになって、それを理人に見せるように差し出した。
良い匂いがした気がした。
(いや、ほんと。勘弁して。)
気を逸らすために一度大きく瞬きをして、差し出された携帯電話を手に取った。そして、画面を覗いて見れば、そこには自分がいた。
見たことのある写真に固まる。
「これ…。」
「こっちの黒いのが、あーちゃん。」
彼女が指を指したのは、まさかのSHOUJOAだった。
「へ?」
「こっちは、アコの大好きなカイリ様。」
呆然としている理人に追い討ちをかけるように、森が画面の中のカイリを指さした。
「凄くない?」
自分のことのよう嬉しそうに言う三田の顔。しかし、理人の頭の中は真っ白だった。
「え?す、ごい?」
「後ろの建築、あーちゃんがやったんだよー。」
三田が理人に顔を近づけて、後ろの風景になっている地下帝国を指差した。正しくは携帯電話に近づけてなのだが、理人にとってはもうどちらでも良かった。
「うん、…凄い。」
(丁寧に、作ってたもんな。)
SHOUJOAとやった作業を思い起こせば、少しづつ正気が戻って来る。
「私、建築系の勉強したいんだ。」と森が言った。
二人揃って、理人の言葉を待つかのような雰囲気に、理人は小さく深呼吸をした。
そして、「将来の事とか、考えてるんだな。」と理人が言えば、「考えてないように見えた?」と森が言うので、「うん。」と言ってやったのだった。
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