自分に嫉妬することほど、おかしなものはない。

「すごいことが発覚した。」



 バス到着ギリギリに走り込んできた岡ちゃんが、動き始めたバスに揺られながら一息ついた時に、理人は席替えからの顛末を説明する。今回はさすがに、岡ちゃんへの相談案件だと思ったからだ。



「へ?その森ってやつが、あのしょうじょあとかいう奴だったってこと?」



 理人が真剣な顔で頷いた。岡ちゃんは、しばらく理人の顔を見たまま固まった後、肩を竦めて首を振った。



「そんな偶然、ある?ありえなくない?」



 それは理人だって思ったことだ。しかし、原因は案外近くにあった。



「三田が待ち受けにしてるの見て、調べたんだって。」

「じゃあ、偶然ってわけでもないのか。」



 うむむ。と腕を組み、岡ちゃんが唸る。



「まあ、でももうそのしょうじょあは、生配信の方には来てないんだろ?」

「まあ、ね。」



 確かに、地下帝国の配信が終わってから、SHOUJOAが生配信に参加することは無かった。携帯電話のチャットアプリの方に名前が残ってはいるが、参加率が下がればその内Jによってブロックされる。時間の問題であることは間違い無い。



「じゃあ、問題無くない?」

「そうなんだけどさ。嘘ついてるみたいなのが、なんとなく。」



 そう、問題は無いのだ。ただ、知っているのに知らないフリをしている気持ち悪さがあるだけで。でも、そんな会話もこの先あるかどうかわからない。だから、そこまで気にする必要の無いものなのかもしれないのだけれど。―――理人は、だからこそこのモヤモヤを岡ちゃんに話さずにいられなかったのだ。



「もういっそのこと、バラした方が良くない?俺がカイリ様だぞーって。そしたら三田ちゃんも、カイリ様ー!はぁとってなるかも。」

「それ、何か嫌だ。だったら、カイリはこのままフェードアウトさせる。」



 三田はカイリの方を向いているのであって、理人の方を見ているわけではない。同一人物なのに、そうでない気持ち悪さ。カイリに対して嫉妬する自分が情けなくも感じていた。

 岡ちゃんと話している内に、理人は理解した。これは相談案件なんかじゃなくて、知らないフリをし続けることを宣言しただけだということを。問題は、カイリの去り際だけなのだ。





 ――――――――――



 あれから、森が何かと話しかけてくるようになり、休み時間の度にこちらにやってくる三田ともそれなりに話せるようになった。恋バナのネタになるようなことは一切ないけれど。


 お昼休みになると、森がこちらで食べようと三田を呼び、森の隣の席の椅子を借りて森の机に弁当を広げ始める。

「向こうで食べろよ。」───と、言えるはずも無く、あっという間に弁当を食べ終えてしまう理人は、いつもヘッドホンをつけて気にしていないかのように校庭を眺めるのだ。

 森と三田は相変わらずたわいもない話でコロコロと笑っている。理人は、たまに出るカイリの名前にドキリとするのが嫌で、ヘッドホンの音量は前より少し大きめにしていた。



「何の曲聞いてんの?」



 しかし、理人の気遣いなどお構いなしに、森は毎度話しかけてくる。



「ボカロ。」

「私もボカロ聞くよ!」



 森が振って来た話題に、理人が適当に返せば、それに三田が楽しそうに乗っかってくるのは毎度のパターンだ。真面目な話になると、途端に言葉が出なくなる三田は、こうした何とも無い話にはそれなりに食いついてくるという事がわかった。

 選択授業の移動の時間、森は別の授業のため一人だった三田と並んで次の教室に行ったこともある。

 話せる機会が増えれば増えるほど、三田見病は少し落ち着いていったが、好きだという気持ちはかえって膨らんでいくようだった。


 配信への参加をやめれば、カイリという人間も消える。生配信の宣伝用にアカウントを追加したSNSも、本来の理人自身のアカウントの方に移行することになるだろう。その時までに、少しでも自分の事を意識してくれたら良いとは思うが、だからと言って何ができるというわけでも無かったし、今この関係も悪くないものだなと理人は思い始めていた。




 ――――――――――



 休日の昼間、暇を持て余していた理人は、ベッドに横たわりながら久々にカイリのSNSを開いた。そのページは、理人が呟きさえしなければ静かなものだ。フォロワーだけは配信の度に、少しずつ着々と増えていってはいるのだが。

 これを見ることも無くなるのだろうかと、前に自分が呟いたものを順番に見て行けば、癒しのフォロワー『ミコ』からのコメントが目に入った。



(『ミタアキコ』だから『ミコ』か。安易だな。)



 自分の『サカイリヒト』だから『カイリ』という名前は棚に上げて、理人は笑った。

 ミコからのコメントを片っ端から探している内に、理人は段々と腹が立ってきた。このハートマークは、自分に送られたものではない。―――そんなモヤモヤとした気持ちが沸きあがる。



(なんで、こんな奴をあいつは推しているんだ。意味がわからん。)



 目立つをことをするわけでもない。常に裏側で黙々と作業をしているだけだ。たまにいじられるようなことはあれど、脇役にすらなれていないということは分かっていたし、それで良いと思っているのだ。

 でも三田が、こんな隠キャで引きこもりなカイリなんて奴のことばかり見ていることが嫌だった。カイリという架空の自分に嫉妬した。だから少しだけ、そうほんの少しだけ、ミコとカイリを離してしまいたくなったのだ。



『学校で気になる子がいるのですが、彼女に好かれるためにできることって何かありませんか?』



 久しぶりに、そうSNSに投稿した。あわよくば、彼女から返信が来れば、これからどうすれば良いのかわかるかもしれない、そんな期待もあった。好きだと伝える気も、伝えられる気もしない自分の、精いっぱいの告白みたいな、そんな気持ちでもあったかもしれない。


 投稿してすぐに返信が来始める。しかし、いつもより勢いのあるそれに、理人はたじろいだ。



(これは、やっちまったか?)



 誰しも恋バナは大好物のようだ。『いいね!』の伸びも尋常じゃないが、返信も続々と付いて行く。『頑張れ。』的なものから、『誉める』『好きだと言う』といったような具体的な物まで様々だ。

 その中に、『可愛いとか言ってみたらどうでしょう?言われたら嬉しいかも。』と、ミコのコメントも入って来た。相変わらずの返信の早さだった。



(可愛いとか、どんなタイミングで言うんだよ。)



 携帯電話を手に持ったまま、理人はベッドの上で大の字になる。「可愛い」と三田に言う自分を想像し、寒気を憶えた理人だった。




 そして、休み明け。彼女の髪の毛は、驚くほどに短くなっていたのだ。







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