お、し、ま、い…DEATH、か?

「なんで黙ってたのよ。わざと?」



 怒ったように詰め寄る森に、たじたじの理人だったが、固まってしまったかのような三田をちらちらと見つつ、「言うタイミングが、その…。」と口どもる。

「私たちの事、裏で笑ってたわけ?」と詰め寄られて、理人は仰け反る。森が怖い。何も言わない三田に呆れてしまわれるのではないかと思うと、それも怖い。



「笑っては、いません。」



 まるっきり言い返せる言葉が見つからない理人は、丸くなった背中をますます丸くする。もう、何を言われても仕方が無いと、覚悟を決めた。そう、覚悟は決まった。だからと言って、背筋が伸びることは無い。すると、への字口で肩をすぼめた森が、「でしょうね。」と言った。



「へ?」

「もう!自慢げに話してた私が馬鹿みたいじゃん。」

「ごめんなさい。」

「アコなんか、カイリのこと推してるっていうのに。中身がこれじゃあ、ねえ?」

「すみません。」



 謝りながらちらりと三田を見れば、相変わらず固まったままだったのだが。「ねえ、アコ。」と森が三田に同意を求めた途端、その顔が、その耳が、みるみる内に赤くなっていった。「え?あの。」と、口どもりながらガタガタと椅子から立ち上がった三田が、その口元を右手で覆うと、「と、トイレ!トイレ行ってくる!」と言って、先ほど以上にガタガタとあちらこちらにぶつかりながら、教室を出て行ってしまった。あっという間に見えなくなってしまったその姿を、理人は呆然と見つめる。



「あーあ。」



 森の聞こえよがしな溜息も、今の理人にはどうだっていい。言ってしまった。言ってしまった。遂に言ってしまった。―――心臓の音がやけにうるさい。クーラーがきいているはずの教室が暑い。変な汗が首筋を流れて行く。



「嫌われ、た?」



 やっと出た言葉と共に森を見れば、理人の席に頬杖をついた森が、ひどく面倒くさそうに「バカじゃないの?」と言った。


 確かに馬鹿かもしれない。今まで黙っていたこと。身バレを恐れていたくせに、三田がミコであることを確認しようとしたりしたこと。彼女の事を好きになってからは、「言わなきゃ」と思いつつなあなあにしていたこと。―――理人は両手で顔を覆う。



「ほんと、バカ。」



 容赦のない森の声が聞こえ、「すみません。」と自分の両手に隠れたまま理人はただ謝った。


 チャイムが鳴る。自習の時間が終わったようだ。顔を上げて、三田が出て行ったドアの方向を見る。彼女はまだ戻ってこない。

「嘘つき」と嫌われてしまうだろうか。「なんで黙っていたの」と怒るだろうか。嫌われるぐらいなら、怒ってくれた方がよっぱど良いな。―――そんなことを思いながら、森の方を見れば、ニヤリと笑った森が「黙っていたバツとして、次私が行くまでにNの3600まで掘っておいてね。」と言った。こんな時でも、やはり森はブラックだった。でも今は、ブレないそれが少し有り難かった。




 次の授業が始まる頃に戻って来た三田は、理人の方を全く見ることなく自分の席に戻って行った。それを見た森が再び「あーあ。」と、理人に聞かせているかのように言った。いや、絶対に聞かせるように言った。


 お昼休みになれば、いつも通りにこちらにやってきた三田が、いつものように森の机にお弁当を置き、いつものように隣の椅子を引っ張ってきて、いつものように座った。そして、それこそいつものように森と手を洗いに行く。が、目が合わない。全くこちらを見てくれない。いつものようで、いつもでない。

 三田の後をついて行くように立ち上がった森が、一度理人の方を振り返り「バーカ。」と言った。


 今日、もう何度目かわからない「馬鹿」がグサリと刺さり、机に頭を打ち付けた理人はしばらくそのまま固まっていたのだが。自分がここにいるのは居心地が悪いだろうと思い立ち、ヘッドホンと水筒を手に席を立った。行く場所など特に無いが、とにかくここではないどこかはないだろうか。教室を出て、手洗い場とは反対の方へ足を向ける。今日が天気で良かった。外は暑いが、それでもどこかで時間は潰せるだろう。―――そんなことを考えながら理人が昇降口の方へ向かっていたら、がしっと首に腕が巻き付いてきて絞められた。「どこ行くん?」と横から顔をのぞかせて来たのは、岡ちゃんだ。



「どこか、時間潰せるとこ。」



 相変わらず数人のクラスメイトを引き連れた岡ちゃんは、理人のその答えに何かを察したのか、「ちょっと待ってて。」と言って教室の方へ走って行った。「なんだよ。」「おいてくなよ。」とか言いながら、賑やかなクラスメイト達がその後を追っていく。それを呆れた気持ちで見送っていた理人だったが、数分も待つことなく岡ちゃんは戻って来た。賑やかなクラスメイトの代わりに、弁当を持って。



「いいとこ知ってんだ。」



 岡ちゃんはそう言って、顎をくいっと動かして「こっちだ。」と示し、そして歩き始めた。理人はそれについて行く。るんるんとした足取りで、階段を一段飛ばしをしながら上って行った岡ちゃんが、理人を連れて来たのは屋上への入り口。青春の一ページのようなそれに「王道か!」と突っ込めば、「残念ながら鍵は開いてませーん。」と岡ちゃんが笑う。そして、その入り口の階段の最後に腰をかけた。



「昼飯、食った?」

「まだ。」

「食う?」



 そう言って、妙にでかい弁当入れからおにぎりを一個取り出し、理人に投げつけた。



「体育だったから、おやつ食べ損ねて。」



 どうやら、このおにぎりがその「おやつ」らしい。理人は有り難くそれをもらうことにした。岡ちゃんの座る段の、一段下に座る。ヘッドホンは首にかけて、水筒は自分の横に置いた。岡ちゃんは鼻歌を歌いながら、弁当を広げ始める。シンプルで大きな弁当箱を開けると、そこにはただ焼いた肉があった。



「やりぃ。今日は焼肉弁当。」



 鼻歌が少し大きくなり、箸を持ち始めた岡ちゃんが「いたま。」と言って食べ始める。がつがつという音が似合いそうな勢いで食らいついたそれは、肉の下にご飯がぎっしり詰まっていた。



「そんなに食うの。」



 呆れたように理人が言えば、「ほうほうへいはんひはんへ、ほんはほんはえ?(高校生男子なんてそんなもんじゃね?)」と岡ちゃんは咀嚼しながら言う。食べることを止める気はさらさら無いらしい。確かにこの量では、がつがついかないとお昼休みに食べ終わらないのかもしれない。理人ももらったおにぎりのラップを外し、がぶりといった。



「ん、ふいほうわふえあ。」

「ん。」



 理人が持って来た水筒を渡す。「んふ。」と言って受け取った岡ちゃんは、口の中のものを流し込むような勢いで飲んだ。



「っふう。」



 一息ついて、いよいよ何か話すかと思いきや、再びがつがつと弁当に食らいつく。気が付けば、岡ちゃんの弁当は既に半分無くなろうとしていた。



「嫌われたかもしれない。」



 それはもう、本当に泣きそうな気持ちで出た言葉だったが、目の前の岡ちゃんはそれはそれは興味深々な瞳で「わえあ?」と言った。食べることを止める気はやはりないらしい。



「バレた。というか、思わず言ってもた。」



 そうだ。何で言ってしまったのか。森の口の悪さはわかっていたのに、実際は口で言うほど馬鹿にしたような態度はしていないのに。我慢出来なかった自分が恨めしい。



「はあひははへんあえ?」



 さすがに何を言っているのかわからず、理人が訝しげな顔をすれば、岡ちゃんはリスのようにパンパンな口を急いで動かして、再び理人の水筒を手に取ると、また一気に流し込んだ。



「っふう。」



 一息ついた岡ちゃんの弁当箱を見れば、もうほとんど残っていなかった。「はええな。」と理人が言えば、「こんなもんじゃね?」と言いながら、残ったご飯粒をまとめ、口に入れた。



「まあ、ひかたねんじゃね?(仕方ねんじゃね?)」

「だよなぁ。」



 いつかは言わなければならなかったのだ。このタイミングになってしまったのは良かったのか悪かったのかわからないが、後は三田がどう思うかだけだ。



「でも、目ぇ合わせてくれんかった。」

「三田ちゃん?」



 ん。―――と理人が頷けば、岡ちゃんは困ったように笑い、そして「まあ、それも仕方ねーな。」と言った。弁当が、片づけられていく。それこそ、あっという間に。



「嫌われたかな。」

「どうかな。」

「ひでぇな。」

「慰めてやっから。」



 じゃあ、仕方が無いかと理人も笑う。困ったようなさみしいような、そんな笑顔であることは間違いないが、それでももう言ってしまったものは仕方が無い。理人は、諦めたように伸びをする。



「理人。」

「ん?」



 呼ばれて岡ちゃんを見れば、「気持ちだけは伝えておいた方が良いよ。」とらしくない優しい顔で岡ちゃんは言った。理人は何も言わず、笑って頷いた。




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