「バレる」は、ラ行下一段活用。
朝から繰り返されるキンキン声に、理人は耳を塞ぎたい気持ちだった。
ヘッドホンを付けられるなら今すぐにでも付けてしまいたいが、その声は残念ながら理人に向けられたものだ。しかも、何が悲しくて自分のSNSを他の人から自慢げに見せられなければいけないのか。
自分がカイリだということを言わないでいたことを、いよいよ後悔することになるとは。しかもそれが三田によってのものではなく、森が原因になるとは、誰が想像しただろう。
朝はギリギリに教室に飛び込んできたせいで、おはようと挨拶を交わしたぐらいなものだった。あっという間に理人を襲った睡魔は、しばらく森にその口を開かせる隙を与えずにいたのだが、突如自習になった授業で、完全に後ろを向いてしまった森は、昨日の配信についてハイテンションで語り始めた。それを、理人の隣の席に移動してきた三田が、嬉々として聞いているせいで、森はますます饒舌だ。
(俺を、巻き込むなよ。)
どうやら次は体育らしい岡ちゃんが、他のクラスメイトとキャッキャうふふと走り回っている姿を窓から見下ろしながら、理人は聞きたくも無い武勇伝を聞かされる羽目になり、つまらなそうに頬杖をついている。しかもあえて見えるように大きな欠伸をしてみたところで全く効き目は無く、森が理人を逃がしてくれる気はさらさら無いらしい。
「最初カボチャ頭辺りがそういうの得意なのかなと思っていたんだけどさ、結局カイリが一人で作ったみたい。ただの穴掘りマンじゃ無かったわ。」
カイリを推している三田がそこにいるにも関わらず、カイリを含めた地下帝国メンバーに対して妙にマウントを取ろうとしているのが気になっていた。言い返せるなら今すぐにでも言い返してやりたいが、気にしないフリをして誤魔化す。
「穴ばっか掘らせておいたんだけど、これがチョー真面目に掘るんだわ。」
思い出したように笑う森に対して、三田が困ったように笑っている。森の言葉がキツいのは、今に始まった話では無い。
理人は無表情を貫いているつもりでいるが、顔に出やすいということは自分でもわかっている。きっと呆れたような顔をしていることだろう。あれだけひたすら掘らされたことが、やっぱりただの嫌がらせだったのだと知って、誰が笑顔で聞いていられようか。理人のイライラは着々と積もっていく。言い返せない状況であることが、特にそれを増長していた。
「カイリがブラック企業って言うからさ。じゃあその通りに頑張っていただきましょうって鬼指示出しまくり。ゾンビ頭もカボチャもカイリも古参なのに下っ端みたいに働いてもらったの!それこそ生で配信してほしかった!」
自分自身も下っ端の様に働きまくっていたくせに、何言ってんだ。────と理人は思うが、それは本音なのか、ふざけているのか。判断が難しい。それでも理人をイライラさせるには十分だった。頭に響くキンキン声を、必死で聞き流すように外に意識を向けるが、限界は近い。授業中とはいえ自習の時間だ。トイレに行くフリでもして席を立とうか。校庭で走りまわっていた岡ちゃんが、並ばされている。暑い中ご苦労様だと思いながら、今ならあの列に並ぶのも良いなと思ってしまう。
「でも、あーちゃんも頑張って作ったんでしょ?この駅とかすごい恰好良い。」
三田がそれでも嬉しそうに携帯電話を見て言った。そこにはカイリのSNSが映っているらしい。淀んだ空気に爽やかな風が吹き込んだかのようだと理人は目を逸らしたまま思う。
「でしょ、でしょ!ネットでどんなものにしようか、調べてから行ったんだぁ。」
そう言って、嬉しそうにここは大変だったとか、この色を基調にして全体的にまとめるつもりだとかといった説明が始まれば、理人のイライラも少し落ち着いてくる。キンキン声が響いている限り、完全にそれが消えることはないのだが。
「でも、カボチャ頭は妙にヘコヘコしてるし、ゾンビは妙に気ぃ遣ってくるし。何か気持ち悪くって。」
「じゃあ、もう来んな。」
「え?」
驚いている森と酒井の顔に、自分が思わず口に出してしまったことに気がつく。がしかし!もう遅い。
「いや、もう行くな?参加する、な?」
思わず出てしまった言葉は、頑張っていた二人を守りたかった、それだけのことだ。三田に言えなかったこと、早く言わなきゃと思っていたこと、そんなことはもうどうでも良くて、調子にのって二人をディスる森が許せなくなっただけだ。ただ、最後は言ってしまった!という気持ちがむくむくと湧き出して、口籠ってしまったけれど。
「え?え?酒井はもうやってないんでしょ?カボチャとか、ゾンビとか、知り合いだった?」
少し焦ったように言う森に、やはりさほどの悪意は無かったらしいことはわかる。わかるけれども、だ。
二人の顔を焦ったように交互に見る三田は可愛い。可愛いけれども、だ。
今はそれどころでは無い。言い方を間違えば、三田に嫌われてしまうかもしれないと思うと、理人は一気に血の気が引いていくようだった。
「知り合い、かもしれない。」
「なんだよ、かもしれないって。」
不貞腐れたように言う森が可愛くない。でも今は、そんなことはどうでも良い。不安になって三田の顔を見る。彼女はただ驚いたような、ちょっと期待するような、そんな顔をしていた。―――ような気がする。それに背中を押されたのか、押されていないのか。
「知り合い、です。」
段々と小さくなっていく声と丸くなっていく背中に、情けないと思いつつ、上目遣いで三田を見れば、三田が今度は心配そうに自分を見ていることに気が付いて、もう今しかないと心を震い立たせた。背筋を伸ばす。
「俺が、カイリ、です。」
尻すぼみになりながらも、なんとかそう言いきった瞬間の、森の『何言っちゃってんの、こいつ。』みたいな顔と、目ん玉が零れ落ちそうなほどに開かれた三田の顔が、ほぼ固まってしまったかのようで、それが理人の脳裏に焼き付いていく。そこを襲う不安と、焦燥と、やっちまった感で、理人は両手で自分の顔を覆い、「ごめんなさい。」と小さな声で呟いた。
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