現実は、胸に突き刺さる剣。妄想は、盾。
それは、自習の時間のことだった。適当に席を移動し始めたクラスメイトに合わせるように、晶子もあーちゃんの所へ移動すると、あーちゃんは「ねえねえ、聞いて。聞いて。」と言いながら酒井を巻き込むように後ろを向いた。晶子は隣の椅子を借りて、酒井の机を囲むように座る。
「昨日、あーちゃん参加してたね。」
「見たー?我慢できなくなっちゃってさぁ。」
そう言って、昨日全く映らなかった地下帝国について、あーちゃんが嬉しそうに説明する。どうやらカイリ様だけでなく、他のメンバーの人たちも巻き込んで、色々とやっているらしい。
晶子は、そのメンバーの名前を聞いたことがあった。カイリ様とそれほど変わらない頃からいた人達だと思う。そんなメンバーの中で、楽しんでいるらしいあーちゃんを素直にすごいと思う。自分だったら、間違いなく気後れしてしまう。
相変わらず酒井は眠そうにしていて、あーちゃんの話を聞いているのかいないのか、少しだけ開いたカーテンから、外を眺めているようだ。何を見ているのかと少し体を伸ばしてみれば、酒井の友達の山岡君が体育着でクラスメイト達と走り回っている。教室から好きな人を眺める、そんなBLがありそうだなと、晶子は思わず笑う。
「最初カボチャ頭辺りがそういうの得意なのかなと思っていたんだけどさ、結局カイリが一人で作ったみたい。ただの穴掘りマンじゃ無かったわ。穴ばっか掘らせておいたんだけど、これがチョー真面目に掘るんだわ。」
晶子が笑ったことで調子に乗ったのか、あーちゃんの言葉がきつくなってきた。カイリ様を馬鹿にするような言い方に、晶子はまたあの仄暗い気持ちが沸きあがる。それを誤魔化すように笑えば、思ったよりも困った顔になってしまった気がする。明らかに大きな欠伸をした酒井も、眠そうにしながらも呆れたような顔をしていた。
「カイリがブラック企業って言うからさ。じゃあその通りに頑張っていただきましょうって鬼指示出しまくり。ゾンビ頭もカボチャもカイリも古参なのに下っ端みたいに働いてもらったの!それこそ生で配信してほしかった!」
「でも、あーちゃんも頑張って作ったんでしょ?この駅とかすごい恰好良い。」
話を逸らそうと、カイリ様のSNSを持ち出して建物の話を振ると、あーちゃんは嬉しそうに調べたことや、こだわっている所とかを教えてくれた。
カボチャマンさんも、ゾンビさんも、昔ながらの人だ。目立つ功績は無いけれど、カイリ様の様にきっと地道にやってきた人たちに違いない。昨日、珍しくいくつか投稿されたカイリ様のSNSは、そんな彼らを讃えるようなものだったし、そこには彼らからのコメントもあって、仲の良さが伺えた。ゲームを通じた関係でも、こういうのは良いなと思ったものだ。
「でも、カボチャ頭は妙にヘコヘコしてるし、ゾンビは妙に気ぃ遣ってくるし。何か気持ち悪くって。」
「じゃあ、もう来んな。」
「え?」
再び戻ってしまった悪口ともとれるようなそれに、晶子の内からまた黒い何かが沸き上がりそうになった、その時だった。
「いや、もう行くな?参加する、な?」
酒井が口籠る。
「え?え?酒井はもうやってないんでしょ?カボチャとか、ゾンビとか、知り合いだった?」
あーちゃんが焦ったようにそう言えば、酒井は「知り合い、かもしれない。」とボソッと言った。
「なんだよ、かもしれないって。」
あーちゃんが不貞腐れたように言う。もしかしたら、前に参加したことがあるという酒井は、彼らの事を知っているのかもしれない。そう思うと、彼らを守ってくれようとしているのだと、酒井に思わず期待する。
「知り合い、です。」
やっぱり!しかし、酒井は普段から猫背ではあるけれどますます丸くなってしまっている。助け舟を出そうか、どうしようか、そう思っていた時だった。酒井が、思いもしなかったことを言った。
「俺が、カイリ、です。」
急に背筋を伸ばした酒井が言った言葉の意味を、理解できたのはいつだったか。
え?今、何て言った?おれがかいりです。オレガカイリデス。俺が、カイリです?―――酒井が言った言葉が、晶子の頭の中をぐるぐると回る。
酒井は…、両手で自分の顔を覆い、「ごめんなさい。」と小さな声で呟いた。
「え?まじで?うそ。」
「まじ、です。」
「なんで黙ってたのよ。わざと?」
詰め寄るあーちゃんの言葉が、随分遠くで聞こえるような気がする。外では山岡君が列に並ぼうと戻って来る所だった。
「言うタイミングが、その…。」
「私たちの事、裏で笑ってたわけ?」
「笑っては、いません。」
あーちゃんが詰め寄り、酒井が仰け反ったお陰で、山岡君の姿が隠れてしまった。あーちゃんと酒井が何かやりとりをしているのを、晶子は他人事のように眺めていた。
何度も見たカイリ様が着ていたブルーグレーのパーカーの写真が、気が付けば酒井の顔になる。カイリ様に今まで送って来たコメントは、推しすぎないように、でも好きだという気持ちはたっぷりのせてきた。ハートマークはいくつ送ったか、数えきれない。
「ねえ、アコ。」
あーちゃんの言葉に、現実に引き戻される。酒井がこっちを見ている。酒井が!そう思ったら、急に教室が暑くなった気がした。茹で上がる。
(私、今まで、酒井に!)
そう思ったら、いてもたってもいられず、立ち上がり、そして逃げた!何て言って逃げ出したかは憶えていない。後ろを振り返る勇気もないまま、授業中で静かな廊下をかけ出した。
誰もいない所を必死で探す。こういう時、漫画ならどこに行く?そう考えて、晶子は階段を上って行った。屋上で、悩まし気に立つ女子高生の絵を思い出しながら、屋上に出るドアノブに手をかける。しかし、それは鍵がかかっているらしく、回らなかった。
(かっこ悪!)
晶子はその場で蹲る。今まで何を言ったっけ?カイリ様から返信があったのは一度だけだった。それでもしつこくコメントしてきた。ハートマークもいっぱい送ってきた。
(酒井は、私がミコだと知っている?)
自分のSNSを酒井に見せたことは無いはずだ。もしかしたら、知らないかもしれない。そう思うと、少しだけ心が落ち着いてくる。そして、落ち着いてくれば今度はあれが気になった。
『学校で気になる子がいるのですが、彼女に好かれるためにできることって何かありませんか?』
そうだ。カイリ様はそう言っていた。つまりは、酒井に気になる子がいるということだ。晶子を見て、赤くする顔。いやそれは自意識過剰すぎる。酒井はあーちゃんとよく喋っている。それとも他のクラスメイト?クラス委員のあの子も可愛いし、フワフワのあの子は人気があるって聞いた。
晶子の中で、想像だけが膨らんでいき、それに反比例するように気持ちだけは落ち込んでいく。
どれ位、そうしていただろうか。チャイムが鳴る。もう、戻らなければならない。晶子はまだ混乱する頭をぐっと持ち上げた。
その後の授業は、自分との戦いだった。思わず酒井の方を見てしまう。目を逸らし、気を逸らしても、気が付けばそちらを見てしまう。抑えるために、何度両手で顔を覆ったか。
お昼休みになり、気にしないつもりでいつものようにお弁当を持ってあーちゃんの所に行く。いつものようにあーちゃんの机にお弁当を置き、いつものように隣の椅子を引っ張ってきて、あーちゃんと手を洗いに行く。いつもと同じはずなのに、それなのに目を向けられない。今までどうやって接して来たっけ?自分が自分でない、そんな感じに軽くパニック気味だ。あーちゃんが「バーカ。」と言った。言った方向を振り返れば、机に頭を打ち付けている酒井が見えた。
酒井が、落ち込んでいる?
そう思ったところで、今の晶子には何もできない。「ほんっと、バカ。」とあーちゃんが口を尖らせる。酒井は、バカじゃないよ。バカなのは、私だよ。席に戻れば、少しは話せるようになるだろうか。―――そんな期待をしながら教室に戻れば、酒井の姿はそこに無かった。
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