その目を覚ますのは、王子?教師?それとも彼からの視線?

「おはよー!」

「あ、おはよ。」



 朝礼が始まる時間ギリギリに教室に入ってきたとても眠そうな顔をしたあーちゃんが、少し疲れた笑顔で、でもとても元気に挨拶をして席に座る。チャイムが鳴り始め、既に教壇に立っていた担任が、出席簿を開いた。



(昨日も寝坊したって言ってたけど、今日もあまり眠れなかったのかな。)



 あーちゃんの背中と、少し汗ばんだそのうなじを見ながら、晶子は自分の眠たい目を擦る。私みたいに生配信を見ていたせいとかってことは、さすがに無いか。―――と、あれこれ理由を想像している内に再びチャイムが鳴る。朝のホームルームが終われば、一時間目は選択科目であーちゃんとは別々の教室だ。



 晶子が選択した美術は、他クラスとの合同で広い美術室を使う。美術室には大きなテーブルが八台あって、その一つを六人が向かい合って座るような席の配置になっている。うちのクラスからは十人ほどが美術を選んでいて、もっさり男の酒井理人もその中の一人だ。



(今日はブルーグレーのパーカー、着ていないないんだな。ん? 今日も、かな?)



 あまり記憶には無いが、酒井があのパーカーを着ていれば晶子は気が付いたはずだ。きっと彼は、あれ以来着てきていないのだろう。―――とそんなことを考えながら、晶子は黒板を見るたびになんとなく目に入る、斜め向かいに座る酒井をちらりと見た。


 すると、ふとこちらを向いた彼と目が合った。

 彼が驚いた顔をして、慌てて目を逸らす。


 明らかに目を逸らされた晶子は、一瞬何が起きたのか分からなかったけれど、「嫌な奴と目が合っちまったぜ」的な嫌な感じは全く無かった。思わず勘違いしてしまいそうになるそれだけれど、そんなはずは無いと急いで否定する。



(自意識過剰! 恥ず!)



 顔が赤くなった気がして、晶子は下を向く。部屋の温度が一気に上がった気がした。なんだか妙に顔が火照って、膝の上でぐうに握られた自分の手を見つめるが、なんだか落ち着かない。もう一度ちらっと酒井の方を見れば、彼は頬杖をついて教壇の方に目を向けていた。思わずじっと見てしまいそうになって、今度は晶子が慌てて目を逸らした。



(きっと奴が、あのブルーグレーのパーカーなんて重要アイテムを着てくるから、カイリ様と重ねてしまっているのだ。)



 晶子は、もっさり男と重ねてしまうなんて…ごめんなさい。―――と、心の中でカイリ様に謝罪する。そして、昨夜の返信へのコメントを思い出し、またしてもニヤニヤしてしまいそうになる顔を隠すために下を向いた。


 今日の授業は、来週からやることの説明だけだった。木炭を使ってデッサンをするというので、有名な作品の紹介と、そのコツ、持ち物などの説明が丁寧にされていく。流石に寝不足の晶子は、途中ウトウトしては目を覚まし、黒板に書かれたものを必死でノートに書き写す。そんなことを繰り返していたが、黒板の方に目を向ければ必ず視界に入って来る酒井は、ずっと下を向いたまま明らかに寝ているようだった。



(なんか、眠そう。そういえば、いつも寝てるみたいなことをあーちゃんが言ってたな。)



 まわりを見渡せば、それなりに皆眠そうにしている。大物の魚を引いた釣り竿の如く、首をしならせている者もいる。起きた時に、首と背中は大変なことになっているだろうなと晶子は少しだけ笑った。



(高校生なんてそんなものなのかな。)



 そんなことを考えていたような気がするが、晶子が次にはっと目を覚ました時には、黒板を写していたはずのノートがミミズだらけになっていて、首と背中がきしきしと痛んだ。





 ――――――――――



 選択科目を受けていた教室から元の教室に帰れば、書道を選択していて教室変更の無かったあーちゃんが机に突っ伏して本格的に寝ていた。きっとこのまま、休み時間の間もずっと寝ているつもりなのだろう。それに少しほっとしたような気持ちになった晶子は、自分の眠い目を覚ますために大きく伸びをした。


 次の授業は非常勤の先生で、寝ていてもあまりうるさくない。よし!じゃあ次の授業はあーちゃんのために、頑張ってノートをとる!―――と晶子は決心をして、その授業の教科書とノートを机に出した。


 授業が始まって早々、先生が「プリントを配る。前から後ろに回すように。」と言った。ざわざわとする雰囲気の中、先生が列の先頭にその列の人数分のプリントの束を渡し始める。あーちゃんの前の席の子がこちらを向いて、あーちゃんが寝ていることに気が付くと、一枚をそっとその手元に忍ばせて、残ったプリントを晶子に渡してくれた。晶子も自分の分を取って、残った一枚を後ろの席の子に渡す。その時、斜め後ろのもっさり男の寝ている姿が目に入った。



(ほんとだ。また寝てる。)



 思わず苦笑して、再び身体を前に向けて座り直す。午後には鬼の数学の山田の授業がある。寝るのは今のうちだもんな。―――と晶子は妙に納得した。


 その後、晶子のノートには再びミミズが運動会でもしたかのような跡が描かれ、結局はあーちゃんの前の席の子にノートを写させてもらう羽目になるのだった。





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