それは不死の病か、不治の病か。

 結局、地下帝国が出来上がったのは、土曜日の晩のことだった。


 理人は、配信を終えたばかりのJに声をかけ、出来上がった地下帝国を見てもらう。今までそういったことをしてこなかった理人には少し緊張する時間だったが、Jは大喜びで、ここで何をするかで盛り上がり、もう遅い時間だというのに、他の参加メンバーからの意見も止まらず、まずは地下帝国軍を組織しようということになった。


 地下帝国軍 VS 地上防衛軍


 地下帝国軍が編成される。普段あまり画面に映ることの無い参加メンバーが集められた。片手で収まる人数ではあったが、それでも皆前からいたような名前ばかりだった。だからといって、そのスキンに見覚えは無い。カイリのような存在が他にもいたことに、理人は驚く。

『みんな、何やってたの?』とチャットで問えば、「穴掘り。」「鉱石集め。」「資材小屋整理。」と、一様に地味な答えが返ってきて理人は笑った。


 そうだ。自分だって有名になりたくて始めたわけじゃない。(Jはどうだかわからないが。) 配信を始めた頃は、見ているだけの人は少数派で、ほとんどが参加者だったはずだ。ただこのゲームが好きで、同じゲームを共有して、一つの世界を作り上げる楽しさを求めて、皆続けてきたはずだ。



『手伝ってくれて、ありがとう。』



 地味な作業を続けていた人間にとって、そんな小芝居は面倒である可能性すらある。それでも今回、こんな小芝居に付き合ってくれるという古参のメンバーに理人は感謝をした。パソコンで文字を打つ方がやっぱり楽。―――なんてことを思いながらではあったが。


 SHOUJOAとカイリを入れて、六人で構成された地下帝国軍は、それぞれ戦いの準備を始める。武器、兜、鎧など、どれも鉱石が必要なものだが、地下帝国には大量にある。希少なダイヤモンドさえ大量にあって、それを見たJが『こわっ!』と言ったことに、理人は笑っていた。

 希少な武器や防具が準備されると聞いて、いつも地上で頑張っているメンバーからも帝国軍への志願者が出たが、それでは辻褄が合わないからとJにあっさり却下されていた。



『今回は単なる侵略戦争では無い。』



 急に熱く語り出したJに、チャット欄もコメントで溢れ始める。



『無名 VS 著名』



 ありがちなそれに、『うわー。』とか『ありがちー。』といった、いまいち盛り上がらない反応の中、あまり名前の聞いたことの参加メンバー達が喜んでいるような言葉が混ざっている。その内、『カイリさんと組めるなんてずるい!』『そうだ、そうだ!』なんて声も出てきて、理人は「まさか。」と驚いた。


『カイリの人望だねぇ。』とJが言う。

『ただ面白そうだからだろ。』と理人が配信側のチャットで返せば、それへの反論でチャット欄が埋め尽くされていく。



『みんな、意外にちゃんと見てるってことさ。』



 Jがそう言うと、それに同意する意見で溢れ、理人も妙に感慨深くなり、重くなった瞼を押さえた。


 魔王の手先という、完全に悪役にされてしまったSHOUJOAは、理人の心配をよそにノリノリで、背中に羽を生やし角をつけたスキンに変更してきた。元々黒っぽかったので、元のものに付け足しただけだったが、なかなか面白いものになっていて、理人は笑った。

『似合うじゃん。』と理人がメッセージを送れば、『あざます』と、相変わらず打ち間違えたかのような礼が返ってきて、理人は苦笑する。


 それぞれの意見を集めた結果、地下帝国は破壊され、カイリは再び裏方に消えていくというありがちなオチで決まった。後でシナリオ作成が得意な参加メンバーから、簡単なシナリオが送られて来るらしい。想像以上に壮大なものになりそうだと、理人は「ふうっ。」と溜息をついた。

 ネタ開始は明日の日曜日の配信開始直後ということに決まる。今回はお開きとなり、皆着々とゲームから落ちていく。生配信が終わってから、ゆうに一時間は超えていて、理人は明日が休みで良かったと心から思った。



(参加している他のメンバーは、どんな生活してるんだろうな。学校とか仕事とか、大丈夫なんだろうか。)



 これにはまってしまえば、人生めちゃくちゃになってしまうんじゃないかと思う。その時、まだ落としていなかった携帯電話のアプリの方にメッセージが届いた。



[私、明日の配信が終わったら抜けようと思っています。]


[テストも近いし。睡眠時間、削られちゃうので。]


[カイリさんには本当にお世話になりました。実は友達がカイリさんの大ファンで、一度会ってみたくて参加しました。]



 相変わらず苦手なフリック入力に手こずっている理人が返信する間もないまま、メッセージが次々に送られてくる。



[カイリさんに、人の考えを勝手に決めつけるなと言ってもらったお陰で、友達との距離がますます縮まりました。]


[本当にありがとうございました。]


(相変わらずせっかちな奴だな。)



 理人は苦笑したまま、返信を打つ。



[またいつでも遊びに来いよ。]




 ――――――――――


 そして、日曜日。


 理人が起きた時には昼もとっくに過ぎていた。時計を見て焦る。早朝なのか、夕方のなのか一瞬見紛う、そんな時間だった。


 やはりあの配信は危険だ。いよいよ自分も引き際を考えなければならない。Jには悪いが、参加者は着々と増えているのだし、地道に作業しているメンバーもカイリに限った話ではない。


 一週間後にはテストも中間考査も控えているのだ。さすがにゲームをしていてダメでしたなんて、親に見せられないような点数を取るわけにはいかない。夜の配信が始まるまでに少しだけでもやっておくかと、理人は数学の問題集を開いた。鬼の山田の数学だけは、赤点を取るわけにはいかないのだ。


 そこでふと思い出すのは、ノートの端に書かれた答えと「どういたしまして」と言って笑った顔…。



(何を考えているんだ!俺は!)



 両手で顔を覆う。きっと真っ赤になっていることだろう。なんとなく息苦しい。恋は病だと誰が言ったかは知らないが、間違いないと理人は思う。


 のぼせ。息切れ。そして、気がつけば三田を見る。

 それは、不死の病か、不治の病か。


 理人は必至で山田の顔を思い出し、もう一度姿勢を正した。顔はまだ赤かった。






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