恋に王道ありや。
何もしないまま終わってしまった休日。
土曜日であった昨日に引き続き、日曜日も昼近くまで寝ていた晶子は、起きた後も動画を見たり、小説を読んだり、そしてたまにテスト勉強をしたり…まあまあいつも通りのお休みを過ごしていた。
元々「お休みだし、遊びに行こう!」という性格ではないし、SNSでユタ氏とやりとり出来て、のんびりと趣味の時間を過ごせれば、もうそれで満足だった。
カイリ様のために陽キャになると決めて見た目を変えてはみたけれど、結局変わったのは、髪型と外での眼鏡が無くなったことだけで、性格が変わるわけではない。しかも、陰キャの自分が陽キャになるというのは、自分に嘘をつくことになるのだと、今更ながらに気がついた。
(そもそも、陰キャとか陽キャかとかの括りがおかしい気がする!)
誰よりも陽キャっぽいあーちゃんが、ゲームが好きで、漫画も好きで、自分の言ったことを反省したりして。―――晶子にはもう、よくわからなくなってきていた。
あっという間に日が沈み、ユタ氏が「これは一般受け」といって貸してくれた漫画も一通り読み終えて、その読後感を楽しんだ後、布団に再び潜る。
そんな晶子が、あーちゃんから「今日、紹介されるみたい!」というメッセージを受け取ったのは、布団の中で配信を待ちながらウトウトとし始めた時だった。やや重くなっていた瞼が、がばっと開く。友達が有名人になるような、そんなワクワクだ。
いつも通り始まったゲーム実況の生配信。
『こんばんは!Jでーす。今日ものんびり生配信、やっていきまっしょう!』
Jが始まりのいつもの台詞を告げれば、参加するメンバーがそこに入って来る。誰かがゲームに入って来ると、チャット欄にその人が参加しましたと表示がされるようになっていて、参加者が続々と入って来るこの時は、チャット欄に名前の列ができていく。晶子はこの瞬間が大好きなのだが、そこに「KAIRI023」と「SHOUJOA」の名前を晶子が見つけた時には、「ほわっ」とか「おほっ」とか、興奮して不思議な声が出た。
残念ながら、あーちゃんが教えてくれた地下帝国が何時頃に紹介されるのかわからないのでのんびり構えていたのだが、まさかの冒頭からそれは始まった。急に不穏な空気になる画面の向こう側。
平和だったJの国に、突如現れた地下帝国。
地上を牛耳るJに対抗する地下組織。その頂点に立つのは、立ち上げ当初から参加しているカイリ様だ。鎧を着たカイリ様が、帝国の城壁の上と思われる場所に、帝国軍を率いて立っていた。
『J、お前の時代はもう終わりだ。』
(カイリ様のチャット、来たー!)
あまりの興奮に晶子がベッドの上で足をバタバタさせた。両親がまだ階下で起きていただろうかと慌てて足を止める。
カイリ様のチャットをJが読み上げながら、それにJが答える形、つまりはJの一人芝居のようにして話は進んでいく。
聖女と名乗るSHOUJOA。実は世界征服を目論む魔王の遣いで、元々Jに不信感を募らせていたカイリ様が利用されたのだという。そして、編成された地下帝国軍はカイリ様とSHOUJOAを含めて六名ほど。
「少な!」
晶子は思わず笑う。
一端ストーリーが止まり、並ぶ六名が紹介されていく。その六名は、参加メンバーの中でもあまり露出の少ない人たちが選ばれたらしい。それでも、毎日のように生配信を見ている晶子にとっては、聞いたことのあるメンバーばかりだった。
さて、話は続く。
Jとカイリ様が向き合って行われた和平交渉は決裂し、攻め込んで来た地上部隊と帝国軍の戦いの火蓋は切って落とされた。入り口の狭さに手こずる地上部隊であったが、人数差で押し切り、戦場となった地下要塞は破壊されていく。そして最後に、カイリ様とSHOUJOAが拘束され、地下帝国は滅ぶ。―――そんないつも通りのオチだった。水戸の黄門様も暴れん坊な将軍様も、顔の長めな泥棒さんも、心は大人な探偵さんも、いつも通りの展開だからこそ面白いのだ。
それこそ王道というべきもの。ただ最後に、牢に囚われていたはずのカイリ様が、誰かの手によって逃がされる。新たな地下へと潜っていくカイリ様の映像。不穏な空気を残してそれは終わった。
小芝居を終えた跡地を仲良く紹介しているJとカイリ様を画面越しに見ていると、たまにその後ろをSHOUJOAがぴょんぴょんと歩いているのが映る。
(あーちゃん、楽しそう。)
思わず笑った晶子だったが、久しぶりに画面で見ることのできた動くカイリ様があまりにも尊くて、涙が出そうだった。地下帝国軍の役を演じているときは、鎧で見えなかったブルーグレーのパーカー。
カイリ様の着ていたものと似ている色のそれをお店で見つけたときは、即買いだった。思わず値段を見忘れて、レジで一瞬怯んだが、庶民的なお値段でホッとしたことは忘れられない。
(明日、それを着て学校に行ったら、あーちゃん喜んでくれるかな。)
斜め後ろのもっさり男が先日着ていたが、あれから着ている姿は見ていない。被ることはないだろう。―――そんなことを考えていたら、地下帝国を作った二人、カイリ様とSHOUJOAが紹介された。
『どこにいるのかと常々不思議に思っていたけど、まさかこんなところでこんなものを作っていたとは!』
Jがカイリ様に向かって言った。
『しかし、よくこんなの作ったなぁ。二人で。』とJが言葉を足せば、カイリ様が『SHOUJOAが突然やって来て、突然作り始めた。』とチャットで答えた。
『元々はカイリさんの秘密基地でした。』とSHOUJOAが言えば、『これで秘密じゃ無くなった。』とカイリ様が下を向いた。そして、『俺は新しい秘密基地を作り、再び地上に戦略戦争を仕掛ける。』と言って、あっという間に去って行ってしまった。
(カイリ様、格好良すぎる!)
これでしばらくまたカイリ様に会えないかもしれない。その後ろ姿を目に焼き付けるかのように、晶子はそれをじっと見ていた。
地下帝国の話が終わっても、配信は終わらない。Jが外に出て、新たに出来た建物の前で何か始めようとしている。晶子は一度、その配信の画面を閉じた。
『見た!』とあーちゃんにメッセージを送る。
『あーちゃん、映ってたし、面白かった!』
そう送ってから再び生配信に戻る。しかし、返信は無い。考えてみれば、配信はまだ続いているのだ。あーちゃんも、映らないけれど何かしているのだろう。
あーちゃんから返事が来た時、晶子は既に寝落ちした後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます