ありふれた会話に、仕組まれた爆弾。

「ねえ、酒井って例の建築系ゲームのさ、建築って、あまり得意じゃないんだっけ。」



 朝のホームルームの後、後ろを向いた森が理人の机に肘をかけるようにして話しかけてきた。


 窓から入る日差しはいよいよカーテンで遮られるようになり、フワフワとしたそれが手元を邪魔するので、窓から少しだけ机を離すように指示された。それが少し気持ち悪い。教室の後方の天井でその存在を示すエアコンが、フル稼働を始める時期がやってきたのだ。


 そう言えば、席替えしたばかりの頃にそんな話をしてたなと理人は思い出しながら、「センス無し。」と言って肩を竦めれば、「できそうなのにね。」と森が困ったように笑う。



「何だよ。馬鹿にしてんのか。」

「それ、被害妄想ですからぁ。」



 相変わらず軽い森に、理人が呆れたように笑う。お前は出来て良いよなと、心の中では不貞腐れている。



「今度、またあの生配信、手伝うことになってさ。」



 ドクリと心臓の音がした。『あの生配信』とは、理人が参加しているJのあれだということはすぐにわかった。Jは、言っていた通りに、SHOUJOAにメッセージを送ったらしい。



「地下を再開発するらしいんだけどさ、イメージが湧かないんだよね。」



 『カイリは自分だ。』と言ってしまった方が良いのか、理人はそんなことをぐるぐると考えていると、手が汗ばんでいく。



「既に畑とか家とか出来てるらしいんだけどさぁ。周りは石だらけだし、なんとなく暗いし、また帝国みたいなもの作っても面白くないし。」



 相変わらず森は一人賑やかに話している。しかし、理人は言うべきか言わざるべきか考えていて、それらがあまり頭に入ってこなかった。



「あーちゃん、またJのとこ参加するの?」



 いつの間にか斜め後ろに来ていた三田の声に、理人は一度ビクリとしてから振り返った。そんな理人に気が付いて、「おはよ。」と少し照れたように三田が言う。「はよ。」と、何事も無かったかのように理人は答えた…つもり。



「昨日、Jからメッセージ来てさぁ。カイリが何か新しいこと始めたらしいんだけど、あんまりお洒落じゃ無いって嘆いてるらしくてさぁ。」



 三田が参戦したことで、森のキンキン声が大きくなる。Jに声をかけてもらったことがどうやら嬉しいらしく、テンションが高い。



(別に嘆いてないわ。)



 理人は頬杖をつきながら、心の中で悪態をつく。

「良いなぁ。またカイリ様に会えるんだ。」と、三田が少し寂しそうに笑う。目の前におりますけどね。───なんて、言えるわけも無く、二人のやりとりを理人はただぼーっと見ていた。今日の睡魔も、もう近くまでやって来ているようだ。



「酒井もやらない?」

「…、は?」

「Jの生配信。」



 徐に声をかけられて、理人ははっとする。少しうとうとしていたのだろうか。



「え?なんて?」

「もう寝てんのかよ!」



 ケラケラと森が笑えば、三田もクスクス笑っている。



(チキショー、今日も可愛いな。コノヤロー。)


「ねぇえぇ!Jの生配信、酒井もやろうよぉ。」



 なんで自分を誘うのか、全く理解のできない理人は、眉間に皺がよる。お前が誘ったところで、Jが新しいメンバーとして受け入れるかどうかはわからないだろうが。───とは、もちろん言えない。まあ、今の状況ならまだ誰でも入れるだろうけれど。得意げな森に、理人の妙な負けん気がむくむくと大きくなっていく。



「俺も、参加したこと、あるし。」

「まじで!?」

「そうなの?結構、みんなやってるんだぁ。いつ頃?」



 言ってしまった一言を、今更後悔しても遅い。二人の期待に満ちた目に、これは言ってはいけなかったやつだと、理人は気づいた。



「かなり、昔。」



 無理矢理ついた嘘に、ちくりと心が傷んだ。それを誤魔化すために、理人は慌てて言葉を続ける。



「三田は、やらないの?」

「キーボードの操作が壊滅的なの。それに、カイリ様にストーカー認定されたらやだし。」



 三田は、少し寂し気にそう言った。



(しない、そんなこと。)



 心の中で、それを否定する。話せないことがもどかしい。

 カイリとミコなら、こんな風に隠す必要も無いし、こんなに意識しないで話せたりするのだろうか。あっという間に両想いになって、そして―――理人の顔が赤くなる。また馬鹿な妄想を!と、俯きがちに自分を責める。


 それを見た森が、にやりと笑ったのが見えた。今までにもそういうことが多々あったが、森は理人を茶化すでもなく、そのまま話をそらしてくれるのだ。そういう所は良い奴なんだけど。



「理人ぉ。」



 教室のドアの方から聞き慣れた声が聞こえて、そちらを見ると岡ちゃんがいた。



「数学の教科書、貸してくんない?」



 小テストがあるって言うから、家に持って帰ったらそのまま忘れて来たと岡ちゃんは言う。


「え?小テスト?数学?」と、驚いた顔をした森が、岡ちゃんに食いついた。



「え?岡ちゃん、勉強とかすんの?」

「するよ。山田、こえぇもん。」



 岡ちゃんは苦笑して、そう言った。理人は机の中を探り、数学の教科書を引っ張り出す。端が折れているが、まだまだ綺麗な方だ。



「うちのクラスも、今日あたり言われるのかな。」



 三田が心配そうに森に言った。


「ねえ、後で問題教えてよ。」と、森が岡ちゃんに声をかける。

 初対面だろうに。───と理人は、森のその社交性というか、図太さに呆れるが、岡ちゃんは全く気にしていないようだ。



「ん。良いよ。名前、なんての?」

「森。森明菜。アッキーナって呼んで。」

「あはは。呼ばねーよ。」



 笑いながらも、岡ちゃんはどこか納得したような顔をしていた。岡ちゃんのことだ。こいつがSHOUJOAかと、気づいたに違いない。理人は背中を汗が流れていったような、そんな気がした。

 しかし、岡ちゃんはそんな素振りを見せることは無く、元々友達だったと言ってもおかしくないぐらいの勢いで森と話している。

 小さい頃から岡ちゃんの傍にいた理人にとっては、見慣れた景色でもある。

 置いてけぼり仲間の三田をちらりと見れば、彼女も少し驚いたような、でも少し楽しそうな、そんな表情をしていた。



「森ちゃんと三田ちゃんね。俺、岡ちゃん。よろしくぅ。」



 チャイムの鳴る音がして、手に持った理人の教科書を振りながら、岡ちゃんは教室を出て行った。「ほらぁ、早く席につきなさーい!」という廊下から聞こえて来た教師の声に押されるように、三田も自分の席に戻って行った。


 森が前を向かずにじとりと理人を見た。訳もわからず、理人も森をじとりと見て「何だよ。前、向けよ。」と言うと、「アコの名前、知ってんの、草。」そう言って、森は前を向いた。


 何を言われたのかわからず、しばらく考えていた理人だったが、「あっ。」と気づいた時には、既に起立の号令がかかった後だった。そして、心の中で叫ぶ。



 岡ちゃんの、バカヤロー!











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