あては、月か花火か野球か、それとも?

 まさかお揃いになってしまうとは思ってもいなかった。が、三田がそれほど嫌そうでもなかったことにホッとして、理人はそれを脱がずに過ごすことにした。


 パーカーを脱いで、寒い思いをするのも嫌だったし、脱ぐのが既に面倒になっていたということもある。───というのが、建前であることは理人にもわかっていた。何かを期待しているような、そんな気はしていたが、それが何かはわからない。ただ、三田とお揃いであると思えば、なんだかいつもよりパーカーが暖かいような気がした。いや、どちらかと言えば、少し暑いぐらいだ。


 ペアルックをしているカップルを、きもい!と思っていた自分を理人は反省しながら、自分のそれの袖を見る。その度に、三田を見ているような気がして妙に落ち着かない。自ら進んでお揃いにしたいとは思わないが、偶然揃ったそれはなんともくすぐったくて、妙にソワソワした。


 数学の授業では、自分が休んでいる間に行われたらしい数学の小テストが、鬼の山田の手によって一人一人に返されていた。受けていない自分には全く関係の無いそれを、頬杖をついてぼおっと見ていれば、自分の答案を取りに行った三田が戻って来たときに、ちらりとこちらを見たので目が合った。恥ずかしそうに笑って、答案を持ち上げるようにした三田を、理人は目で追っていた。



「めっちゃ見るじゃん?」



 三田の次に呼ばれて答案を取りに行っていたらしい森が、戻ってきながら理人を見て笑う。そして、「それ、わざと?」と指を差した。



「え?」

「それ、カイリのじゃん?分かってて着て来たの?アコ、絶対ちらちら見てると思うよ。」



 そう言って、森が楽しそうに笑う。そうか。これを着ていれば、もしかしたら三田も気になってこちらを見てしまうかもしれないのか。―――そう思うと、理人は満更でも無かった。



(三田見病じゃなくて、酒見病?なんか、月が似合いそうな病名だ。理人見病?なんかメンタル的な病名っぽくて嫌だ。)



 そんなことを考えていたら、「それ、絶対でしょ?」と言って森が笑う。



「へ?な、なんて?恋?」



 あまりの直球に理人が焦っていれば、「わざとでしょ?それ。」と森がパーカーの袖を掴んで揺らしながら言い直した。自分の思い違いに顔が赤くなった気がした。森がにやりと笑ったので、きっと間違いないだろう。弄ばれている。―――そう思うと、情けないやら、悔しいやら。



「あ、ああ。故意ね。故意。」



 理人は落ち着いたフリをして言い直すが、もう今更だ。


「ほらぁ、前向けぇ!」という大きな声が響き、山田が全ての答案を返し終わったことを知る。いつもならビクッとしてしまうそれが、助け船のように感じた。森が前に向き直る。

「そんなつもりは無かったけど、それはそれで良いな。」と、ボソッとその背中に言ってやれば、森ががばっとこちらを振り返り、みるみる嬉しそうな顔をして、「いよいよ、認めやがった。」と言って笑った。



「森ぃ!前、向けぇ!」

「はい!すみません!」



 山田の大きな怒声が飛び、焦ったように森が前を向く。クラスメイトの痛い視線が森に刺さる。思わず笑いそうになるのを、理人は必至で堪えた。



(ざまぁみろ。)



 理人は心の中で悪態をつきながら、珍しく背筋の伸びた森の背中に、べぇっと舌を出した。





 お昼休みのチャイムが鳴ると、お弁当を持った三田がこちらにやってくる。ブルーグレーのパーカーが、可愛い。ああ、やっぱりお揃いなのは、こそばゆい。そのお陰か、今日の授業はあまり眠れなかった。



「ねえねえ、あーちゃんのこと書かれていたんだよ。」



 森の机を挟むようして座った三田が、嬉しそうに見せて来た携帯電話の画面は、想像通り理人のSNSだった。『SHOUJOA工務店←ブラック企業』と書かれたそれを見た森が、がばりと三田の携帯電話を奪い取り「ひどっ!」と言って楽しそうに笑った。



(少しは反省しろよ。)



 三田がそれを森に見せるというのは、理人も想像していたことだ。どちらかというと、そうなると良いなという思惑もあった。これで少しはホワイトな業務内容になれば良いと期待したのだが、どうやらあまり効果は無さそうだ。


 その投稿についた応援コメントの中には、もちろんミコからのものもある。『大変そうですね(’;ω;`)でも、出来上がりを楽しみにしています!』という、なんともありがちなそれに、理人は少しさみしく感じていた。SHOUJOAはミコにとって友達のはずなのに、普通、それを伝えようとか思うものじゃないのかと、疑問にも思っていた。

 失恋したと言って髪を切るほど好きなのに、この距離感はなんだ。理人と三田の距離は、ただのクラスメイトから友達ぐらいには進展しているはずなのに。一向にぐいぐいと来る気配が無いミコに、カイリとしての理人は複雑だ。


 二人は手を洗いに行ったようで、森の机に置かれた賑やかなケースに入れられた二つの弁当を見ながら、鞄に入れておいたスティックのパンを取り出し、何も言わずに食べ始める。そして、水筒のお茶を飲み、あっさりと昼食を終えた理人は、ヘッドホンを付けて音楽をかければ、これからが本当のお昼休みだ。いつも通りにそうしながら、携帯電話をいじっていたら、二人が帰って来たのが視界の端に見えた。

 ブルーグレーのパーカーが、歩いてくる。自分の色とかぶるそれを、また無意識に見ていたらしい。森がニヤニヤと近づいて、「酒井、見すぎ。」と言った。

 三田が恥ずかしそうに笑って椅子に座りながら、「ごめんね。やっぱり気になるよね。」と言うので、理人は慌てて首を振る。「全然。」と、さも何でも無いように言ってやれば、三田はホッとしたような顔をした。



「ねえねえ、記念写真撮ろうよ。」



 森がそう言って、徐に携帯電話を向けて来た。「え、いや。」と口ごもった理人だったが、「あ、私も欲しい。」と三田に遮られてしまえば、何も言い返せなくなってしまった。三田があっという間に立ち上がり、理人の隣に来ると、しゃがみこんで机から顔だけ出すような体勢になった。椅子に座る理人からは少し見下ろす位置にいるそれを驚いたように見ていれば、容赦ないシャッターの音がした。



「なっ!」

「はい、撮れた。」



 あっという間の出来事に、理人は置いていかれていた。何がなんだかわからない内に、今度は携帯電話が鳴る。岡ちゃんも入っている4人のグループの所に、その写真が送られていた。


「なんたること。」と理人の横でしゃがんだまま、携帯電話をいじっていた三田が困ったように笑う。



(何だ、この可愛い生き物は。)



 自分の横で、同じ色をした三田が、小さくなっているのが可愛い。斜め上から見ていたせいで、フードで隠れていたはずのうなじにドキリとして理人は、慌てて目を背けた。









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