その正体は…それは難易度高めのクエストでした。
「ラブラブだな。おい。」
学校からの帰り、いつもの様にバス停で会った岡ちゃんが、開口一番そう声をかけてきた。
ぐっと気温を上げた外気は容赦なく、理人はさすがに昇降口でブルーグレーのパーカーを脱いだ。今は鞄の中にぐるぐると丸められて入っている。
ニヤニヤと近づいてくる岡ちゃんを睨みつけてやれば、全く気にした風も無く「もう、告ったの?」と聞いてきた。
「んなわけあるか。」
「だよなぁ。」
「なんだよ、だよなぁって。」
告白できるわけがないとでも言いたげな岡ちゃんに、理人が怒ったようにそう言えば、「え。じゃあ、告白すんの?」と楽しそうに聞いてくる。それに対して理人が無言でいれば、「え?まじで?すんの?いつ?」と、目玉が落ちそうな勢いで開かれた目をして、身体を乗り出すように聞いてきた。
「もう、バレても良いかなとは思ってる。」
理人がそう答えれば、しばらく理人の顔を見ながら固まっていた岡ちゃんが、眉間に手を当てて「そっちかぁ。」と言って天を仰いだ。
「そっちって、どっちだよ。」
「まあ、良いけどさ。」
岡ちゃんが言いたいことは、理人もわかっている。でも、本当の告白をするしないは別にしても、自分がカイリであることを三田には知っていてもらわなければならないことはわかっていた。
もし、もしもだ。「好きだ」なんていう告白が上手くいったとして、その後にカイリだとバレて「嘘をついていた」なんて嫌われたら、理人は自分が立ち直れる気がしない。告白が上手くいかなかったら…ということは考えたくないが。とにかく今はまだ、三田に「好きだ」と伝えることには、それほどの意味を感じていないのだ。見ているだけで幸せなのだから。
だからと言って、カイリであることを告白しなくても良いということにはならない。それは、後になればなるほど言いにくくなるだろうと、誰にだって想像できるものだからだ。
「早く言っちまえよ。」
呆れたような岡ちゃんが、妙に腹正しい。言うタイミングがあれば、もう言ってしまった方が良いとは思っているのだ。ただ、そのタイミングが無いだけで。
「わざわざ言うのか?実は俺がカイリですって。」
「さらっと言えば良いんだよ。サラッと。なんなら、俺が言ってやろうか。」
岡ちゃんぐらいの軽さがあれば、そりゃあサラッと言えるだろう。ただ、やっと友達と言えるぐらいには仲良くなってきたのに、その関係が変わってしまいそうで理人は少し怖い。でも、あわよくば、カイリに向いたその気持ちを、理人に向けて欲しいという気持ちも、無いとは言い切れないでいた。
「がっかりされないかな。」
「そりゃぁ、自分で言った方がカッコいいに決まってる。」
「いや、そうじゃなくて。カイリが俺だってことに。」
それが一番不安なことだ。SNSに来る告白めいたメッセージを見る度に、理人が思っていたこと。
『実物を見れば、皆一様にメッセージを送ったことを後悔するに決まっている。』
そんな思いが、今更ながら理人を襲う。三田だって、そうかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
「ああーんー?大丈夫じゃね?」
なんとも頼りない返事に、理人も苦笑するしかない。
その時、道路向こうの校門から三田が出てくるのが見えた。外は真夏日だ。さすがに三田もブルーグレーのパーカーを脱いだらしい。半袖の白シャツが、妙に光って見えた。
「三田ちゃーん!またねー!」
岡ちゃんが声を張り上げて、三田に手を振った。
「おい、馬鹿。やめろよ。」と理人がその手を抑えるが、まわりの学生たちはさほど気にした風では無い。車が行き交う音に負けず、どうやら届いたらしいその声に三田が気がついて、こちらを見て笑った。そして、足は止めないまま大きく手を振って、そのまま駅の方向へと歩いて行った。
その後ろ姿を妙に寂しい気持ちで眺めていれば、彼女はもう一度ちらりと振り返り、理人達がまだ見ていることに気が付いたのか、もう一度手を振った。岡ちゃんが小さく振り返す。理人はただ手を上げただけだった。
「可愛いな。」
「うん。」
思わず呟いたような岡ちゃんの言葉に思わず頷いて、もう人ごみに紛れて見えなくなってしまった三田の姿を無意識に探す。
しばらくしてバスが入ってきた。駅までにもう一度三田が見えるだろうか、そんな風に考えながらバスに乗り込み、理人はいつもの手摺につかまった。
「でも、早く言わねぇと、それこそ──なんで黙ってたのー!私のこと見て笑ってたのね!とか言って嫌われるかもよ。」
まさか、そんな可能性があることに気がつかないでいた理人は、目を見開いた。
「え?そっか。どーしよ。」
「だから、早く言えっつの。」
苦笑する岡ちゃんの言うことは最もだ。どうやら覚悟を決めなければならないらしい。
「ねえ、どうやって伝えたら良いと思う?」
覚悟を決めた割には、存外弱々しい声が出たことに、岡ちゃんが笑う。三田はどうやらバスより先に駅に着いてしまったらしい。それを少し残念に思った後、そんな気持ちも霧散するほどに、何か良い案が無いか、バスを降りるまで二人は話し合った。
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