長いものには巻かれろ、強いものには折れろ、重いものには圧されろと、そうれろ尽しでは気が利かん。~漱石
岡ちゃんはあの後、さんざんゲームをやった挙げ句、理人の家で夕飯も食べてから帰った。
そのまま泊まっていきそうな勢いだったのだが、夜にJの生配信に参加することを告げれば、「じゃあ、帰るわ。」という軽い感じで、帰ることを決めた。
「理人ママ、また来るね~。」と、母親のママ友の如く辞去の挨拶をした彼は、玄関で見送った理人が自室に戻り、パソコンに電源を入れた頃には、家に着いたことだろう。
明日は休みだし、SHOUJOAが参加するかもしれない。───という理人の想像通り、その日の晩、地下帝国跡地に『少女A』ことSHOUJOAは現れた。
[お久しぶりです。呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん。]
携帯電話の方のチャットに流れてきたメッセージに、理人は森が向こう側にいるのが見えたような気がした。前回とは違って、Jから頼まれての参加となれば、気を使うことを忘れた、とても森らしいSHOUJOAになるかと思うと、理人は気が重かった。
既に始まっている配信では、メインのメンバーが海の方を開拓しているらしい。この地下に住む住民達には、全く関係の無いことだが。
最初のメッセージを送ったっきり何も話してこないまま、SHOUJOAはほぼほぼ出来上がっている運搬機の周りをぐるぐる回っている。どうやら、その仕組みを考えているようだ。
[すごいっすね。カイリさんが作ったっすか。]
敬語で送られてきたそれに、カイリが理人であることを知らないということを思い出させて、少し胸が痛んだ。
[で、何から作ります?]
でも相変わらず、こちらの返答を待つ気は無いらしい。
SHOUJOAが来る前の時点でメンバーから寄せられた案は、想像以上に豊富だった。理人はその中でもJが面白そうだと言ったものだけを伝える。地下鉄、ノスタルジックな商店街、炭鉱、刑務所…どれも暗いイメージだが、地下にはお似合いだろう。
それを聞いてから、しばらく動きを止めていたSHOUJOAは、徐にうんうんと頷くと、[全部作りたいっすね。]と恐ろしいこと言った。
それでもまずはやらなければならないのは、この運搬機の見た目を地下帝国跡地に馴染んだものにすることだ。理人は、慣れないフリック入力でチャット欄に書き込もうとしたのだが、[まずは、運搬機をお洒落にしたいっす。]と、どうやらゾンビ君が先に書き込んでくれたらしい。
[運搬機のこのレールも、地下鉄の一部みたいにしちゃいましょうか。]
[あ、それ、良いっすね。]
[じゃあ、置きたい駅のおおよその位置だけ調べてもらうことってできます?]
[それは、外の建築担当のメンバーに聞いてみます。ちょっと待ってて。]
二人の間で話が進んでいく。建築担当なんてものが、いつの間にか出来ていたことに驚きながら、理人はもうあとは指示を出されたことだけすればいいやと、若干投げやりだ。SHOUJOAの顔が森に見えるのも、やる気を削ぐ原因かもしれない。
[この地下帝国への入り口の正面を、メインの駅にします。]
気が付けば目の前にいたSHOUJOAが、カイリの前でヘコヘコと動く。こちらの返事を待っているらしいと気が付いて、『了解』の意味をこめて、[り]とだけ送る。
[ここに線路を通すので、ここからしばらくN方向に一直線に掘ってもらっても良いですか?]
敬語が妙にくすぐったいが、もう今更だ。カイリは頷いて、ツルハシ片手に作業に取り掛かる。単純作業は、お手の物だった。
気が付けば、黙々と掘っていた。[座標1200まで行ったらストップで。]というSHOUJOAの指示通り、きっかり1200まで掘った。元いた地点に戻ってみれば、駅らしい雰囲気の建物が、既にそれっぽく出来上がっていた。
地下帝国軍のゾンビ君とカボチャマンが、SHOUJOAの横を行ったり来たりしながら、せっせと手伝っている。運搬機は既にその姿を変えて、帝国のトロッコのようだ。
(仕事、はえぇな。)
本当に森はよくわからない。キャアキャアと煩いだけの怖い女子だと決めつけていた自分を反省したのは、もう何度目か。
勝手に森という人間を作り上げて、壁を作って、理解しようとしていなかった。そんな壁を無理矢理に破壊してきたのは、森自身なのだが。
地味な作業ばかりしていた地下帝国軍のメンバーが、いつもよりウキウキと仕事をしているように見えるのは、きっと勘違いでは無いだろう。Jの元で長くこの配信に関わってきた人間は、良くも悪くも長いものに巻かれた方が、その能力を発揮するのかもしれない。───理人は、ぼんやりとそんなことを考えながら、次の指示通りにN1200の地点を広げていく。ここにも駅を作るらしい。カボチャマンも手伝って、作業は順調すぎるほど順調だった。
[ここ、誰かの拠点があります。]
N1200の駅から地上へ伸ばす階段を掘っていたゾンビ君からメッセージが届くと、地下帝国から線路を伝ってやってきたSHOUJOAが、理人の横を通りすぎ、階段の方へ向かって行った。動きもやることも早すぎる。
[ここで曲げると、外には建物があるけど、どーしよ。]
[他の人の建築は壊しちゃダメっす。]
どうやら、階段を作る予定のルートに、何か障害物があったらしい。
[どうしよう。何か良い案、ありませんか。]
N1200の駅は、SHOUJOAの指示通りにカボチャマンが頑張ったお陰で、外装が既に出来上がっている。今更移動するのもなぁと、誰もが思っているに違いない。
[カイリさん、エレベーターとか作れます?]
へ?───カボチャマンに突然振られた会話に焦りながら、理人は返事を打つ。
[作れる]
[そしたら上の大丈夫な所から直下掘りして、エレベーターを作れば。]
[昔の昇降機的な?]
[カッコいいっすね、それ。]
理人が三文字を打っただけで、話がまた進んでいく。テンポの早さに、理人はややげんなりしてきていた。考えてみれば、地下帝国を作り始めたのだってSHOUJOAが原因なのだ。気がつけば巻き込まれ、こんなに慌ただしいことになっている。
カイリはのんびり、みんなのための資材集めがしたかっただけだ。それに気がついたところで、それを伝えるタイミングなどあるわけが無く。言われるがままにエレベーターを作り始める。材料について、あれやこれやとSHOUJOAにダメ出しをされながら。しかし、それが出来上がることは無いまま、終わりの時間がやって来てしまった。
生配信の画面では、Jが締めの挨拶をしている。今日はこれで終わりだ。
[SHOUJOAさん、明日も来れるっすか。]
[明日は来れます。休日の前だけ来ます!]
ゾンビ君の質問にSHOUJOAがそう答えると、他のメンバーからもホッとしたようなそんな言葉が漏れる。
明日もこんな感じになるのか。───集中してゲームをしてしまった時の妙なぐったり感を味わいながら、理人は苦い顔のままゲームを閉じて、パソコンの電源を落とした。
そして、久々に開いたSNSで、『SHOUJOA工務店←ブラック企業』と呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます