綸言、汗の如し。

[ばーかばーか。]とSHOUJOAが言う。


 明日は休日ということで、理人の想像通りJの配信にSHOUJOAがやって来た。[呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん]という相変わらずな登場に、画面のこちら側で理人の顔は引き攣った。SHOJOAは参加するなりあれしろこうしろと、相変わらずのブラック企業っぷりを発揮した後、カイリに「バカ」を連発しながら作業をしている。なんとも器用な奴だと、理人は感心すらしていた。



[何か、あったですか。]



 心配そうに、ゾンビ君が声をかけてくれるが、苦手なフリック入力で説明しきれる気がしない理人は[色々]とだけ送った。



 あれから、三田と話せないということは無かった。ただ、ぎこちないだけだ。目が合えば、挨拶はする。それは、する。しかし、昼休みに三田がいつものように森のところにやって来ても、森の会話にうんとかううんとか言っているだけで、たまに森が理人に話題を振ってくれたとしても、なんとなく目が合わない。森と別行動になる選択科目も、一緒に教室を移動していたのは夢だったんじゃないかと思うぐらいに、そそくさと先に行ってしまった背中を、理人は後ろから見つめることしかできなかった。

 自分がカイリだと、もっと早く言うべきだったと後悔する度に、森が馬鹿馬鹿言ってくるので、実は少し救われていた。森に無視されていたら、それこそ針の筵だっただろう。だからといって、ちょっとしつこすぎやしないかとも思っていることは、決して口にしない。



[ちゃんと言われた通りに掘ってんじゃん。]



 学校で森に命令された通り、カイリは線路を通す通路をひたすら掘った。それはもう、自分のこのどうしようもない気持ちをぶつけるかの如く、黙々と。実は、言われたその日にノルマのN3600まで掘りきってしまったほどだ。今はN5000も楽々超えてしまったため、カボチャマンの指示を受けて各ポイントでのエレベーターの設置をし、これも実は昨日の段階で終えていた。

 今日はSHOUJOAが参加したので、奴の指示通りN1200地点の駅の仕上げに取り掛かっている。何となく見たことがあるような景色なのは、森が普段使い慣れた駅をイメージしたからかもしれない。そしてそれはきっと、三田が普段使っている駅だ。―――理人は目が合わない、ぎこちない彼女の横顔を思い浮かべながら、カイリの作業の手を止めて、配信中の画面に目をやった。


 配信の画面では、誰かが作った建物の中で、いつものように小芝居が繰り広げられている。凝った造りのその建物は、どうやら学校のようだった。教師役らしいJが、生徒達を前にして何か授業のようなものをしているのか、はたまた大喜利のようなことをさせているのか、どちらにしろ地下帝国民には全く関係の無い時間が流れているかのようだ。


 いよいよレールも敷設され、駅らしくなっていく。憎たらしいが、やはりSHOUJOAの作る物は面白い。理人は手を止める度にその景色を見ては、それに関われていることが嬉しい気持ちを否めなかった。地下帝国に近づくにつれ、現代からレトロな雰囲気に少しづつ変わる風景も、地下帝国跡地に作られた静かな雰囲気の商店街も、さすがだと思わざるをえなかった。



[ゾンビさん、ちょっと相談があるんですけど。]



 携帯電話のチャットでSHOUJOAがゾンビ君に話しかけている。また新たな指示が飛ぶかと思われたそれは、地上との交渉のお願いだった。N1200地点の駅から、一度作ってやめた階段が、実はそのまま伸ばせば先ほどの学校のような建物に着くらしい。SHOUJOAは、少しずらしてその脇辺りに出口を作れないかと言うのだった。

 やはりこの駅は、学校の最寄り駅をイメージしていたのだ。―――そう思うと、妙に愛着が湧いてくる。それならその出口の近く、学校の前あたりにバス停も作りたいな、なんてことも思いついて、理人は携帯電話を手に取った。



[バス停も作りたいです。]



 そう打ち終えた時には、ゾンビ君とSHOUJOAの間での話は終わっていた。その学校らしき建物は、今まさに配信で使われているため、今日の配信が終わった後に交渉してみることで意見が一致したらしい。



[そっか。カイリは、バス通だったっけ。]



 おい!と思ったが、時すでに遅し。SHOUJOAの送って来たそれに、ゾンビ君がすかさず反応する。



[二人はリア友でしたか!]



 NOと噓をつくわけにもいかず、適当なことを言って誤魔化そうにも携帯電話のフリック入力では間に合うわけも無く。



[こいつ、自分がカイリだって黙ってたの!信じられます?]



 真っ先にコメントしてきたSHOUJOAに、理人は頭を抱えた。もう、これで知り合いだということを誤魔化せることはないだろう。まあ、SHOUJOAに自分がカイリだとバレた時点で、こうなることは想像出来ていたのだが。



[SHOUJOAさん、怖そうだから。]

[間違いないwwwww]

[怖くないしっ⁉]

[wwwwwwww]



 どうやらカボチャマンもチャットを見ていたらしく、画面がwだらけになっていく。どうやら、二人はカイリの味方をしてくれているらしい。



[もしかして、目の前の女子怖しの子っすか?]



 カボチャマンが送って来た言葉に、理人は何を言われたか分からず固まった。しかし、聞いたことがあるその言葉。


[何?それ。]と、すかさずSHOUJOAが聞いてきた。



[前にカイリさんがSNSで呟いていたっす。]



 SHOUJOAの問いに答えたカボチャマンの言葉で、理人はふと思い出す。確かに呟いた!あれは、いつだったか。そうだ。その呟きのせいで、三田の携帯電話の待ち受けが、カイリのスキンだと気が付いたのだった。―――思い出せば、みるみる内にまた暗い気持ちになっていく。あの頃に自分がカイリだと伝えておけば、今みたいにはならなかったのだろうか。でもそしたら、最近までの様に話したり笑ったりしてくれていただろうか?



[カイリ、憶えてろよ。]



 今でも目の前の席にいる森は、それが自分のことであると疑わない。そして、確かにそれは森について呟いたものであるから、間違ってもいない。



[り]



 理人がさみしくそう呟けば、再びチャット欄はwwwで埋まって行った。







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