エピローグ?~If you want something done right, you should do it yourself!~By スヌーピー
夕方、ミタ氏からメッセージが届いた。
『あーちゃんに誘われて、今日、Jの生配信に参加してきます。』
最近、ずっとさえない顔をしていた小学校時代からの友が、どうやらそのなけなしの勇気を振り絞ることにしたらしい。それほどまでに、酒井というもっさり男が、カイリ様という存在が、彼女にとって大きいということなのだろう。ユタ氏こと松井由多は、そのメッセージを開いたまま微笑んだ。
どう返信したものか。既読がついてしまったのだから何か返信しなければとは思うが、どうやらこういった状況に慣れていないのは自分も一緒らしいと由多は諦めて、思いついたありきたりな言葉を送る。既読スルーしたからと言って、怒るような性格でも無いし、そんな関係を築いてきたつもりもないが、そこは礼儀みたいなものだろうか。
『おきばりやす。配信で映るのを楽しみにしております。』
由多がそう返信して間もなく、彼女からも返信が来る。
『地下帝国を案内してもらうだけだから、映ることは無いと思うよ。』
でもきっと、そこには愛しのカイリ様がいるのだろう。上手く話せなくなってしまったという彼と、少しでも元に戻れるように努力をすることに決めたらしい。だからと言って、現実にどうこうできる性格ではないから、ゲームの世界に望みを託したというところだろうか。それとも、思い切って気持ちを打ち明けることにしたのだろうか。
まあ、おそらくはあーちゃんと呼ばれるSHOUJOAさんの入れ知恵だろうということは、由多には容易に想像できた。
まさか自分たちが恋バナをする時が来るなどと、誰が想像しただろうか。今まであまりにも縁遠く、拒否しているかのようで実は何の話題も無かっただけのそれが、ミタ氏が悩み、笑い、照れる姿に、新しい世界を見せてくれるものであると気がついたのはまだつい最近のことだ。推しを推すのとは全く違ったそれは、彼女を悩ませ、そして可愛らしく笑わせる。異世界転生から殺し合いのゲームまで、今では何でもありな小説の世界も負けるその設定は、「事実は小説よりも奇なり」を証明しているかのようだ。
ベッドでうつ伏せになりながら由多は携帯電話を片手にJのゲーム実況をかけている。いつもより音量は大きめに。映るかどうかわからないけれど、彼女が楽しんでいる姿が少しでも映れば良いなと、一応はそんな期待を捨てずに持ったまま、それを見ていた。
昨日と同じ学校のような建物の外で、どうやら体育の授業という設定らしい。よく見る参加者達が同じ体操服を着て、準備体操らしきことをしている。先生役のJが、引きこもりも運動しなきゃいかん!みたいなことを言っていて、実は皆キーボードを操作しているだけという状況を楽しんでいるようだった。
(みんな体育、苦手そう!…って、これも偏見かぁ。)
Jのゲーム実況は、元々は由多が見ていた配信だった。このゲームが好きだったという事もあるが、Jが仲間を大切にしている様子もまた好きで、夢中になることは無いが、それなりに楽しく見ていた。毎晩、遅くまで参加しているこの人達は、皆リアルでは何をしている人達なんだろうと思うと、それを想像するのも楽しかった。自分と全く違う生き方なのだろうと勝手に思い込んでいたのに、そのSNSを見てみれば、実は自分と何ら変わらない学生だったり、普通に家庭を持っている人だったりと、その全く特別ではない生活に、親近感を感じた。
こんな番組があるのだとミタ氏に教えれば、嵌まったのはミタ氏の方だ。
いつもはもっと適当に流して、しかも途中寝落ちすることも想定内!というぐらいの軽さで視聴するのだが、今日はまだまだ眠れそうにない。
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が流れる。なかなか凝った演出に、どこかに映らないかと友を探していただけの由多の顔が思わず綻ぶ。先ほどまでやっていた体育の授業は終わり、場面は教室へと移動するらしい。
『お前らー、早く席につけー!』
先生のような格好をしたJが、廊下を歩いていく。Jが教室に入れば、お揃いの体育着で体操をしていたはずの参加者達が、気が付けばいつもの格好に戻ってそこにいた。それぞれが席に着き、Jを待っている。
『では、学級会を始める!』
Jがそう言うと、チャット欄は『はーい』とか『hi』という良い返事で埋まって行く。そこに『KAIRI023』と『SHOUJOA』、そして『MIKO035』の名前を見つけて、由多は思わず起き上がり、その姿を探した。この画面のどこかにいるらしい。しかし、生徒たちに混ざって、どこにいるのか見つけられない。
『先生!』
突然、立ち上がったブルーグレーのパーカー。一番後ろの席で、徐に立ち上がったカイリ様を見たJが、チャットに書かれたカイリの言葉を読む。この生配信は、Jが自分の台詞を言うだけでなく、他の演者の台詞も読むことで、一人芝居のように話が進んでいくのが面白いのだ。
『まだあんたの番じゃない!』という文字がSHOUJOAによってチャット欄に書き込まれたが、Jはどうやらそれを無視することにしたらしい。
『では、カイリ君!』
Jのそのひどく嬉しそうな声に、由多も思わず顔がにやける。地下帝国以来のカイリ回だ。しかも、友が参加しているはずの今日この時に。
『僕はこのクラスに気になる子がいるのですが、彼女に好かれるためにはどうしたら良いですか⁉』
まさかの台詞に、由多の目が見開く。これは!あれか!あれだ!そこに彼女がいることは、きっとそのためだったんだ。まだ会ったことは無いが、口は悪いがやることはやるタイプのあーちゃんことSHOUJOAが、その行動力を発揮してくれたらしい。
『それ、俺の台詞っす。』
『wwwwwww』『え?』『www』『wwwww』『シナリオが…。』『まじ?』
『w』『wwwwwwwwww』
『好きって言えー!』
『www』『wwwwwwwwww』
『台詞盗られたゾンビ乙』
『え?これ、がち?』『バカー!バカ!バカ!』『wwww』『乙』『wwww』『www』『乙』『Wwwwwww』
『カイリさんがバグりました!』
『誰か、止めて。』
『www』『バグ』『wwww』『www』『バグ』『www』『wwwwwwwwww』
『wwwwwwww』『ww』『どーすんの、これ。』
『バグ。笑』『www』『wwwwwwwwww』
チャット欄が荒れまくっている。どうやらカイリがシナリオを無視して暴走したらしい。生配信の視聴者のコメント欄も大盛り上がりだ。カイリのSNSを見たことがあるらしい視聴者からは、そのSNSのURLまで貼られる始末。明日はもう、バズること間違いなしだ。
由多は、顔がによによしてしまうのを抑えきれないまま、「くぅーっ!」とベッドで悶えた。
『ちなみにそのクラスメイトっていうのは、誰?ねえ、誰?』
Jがカイリの方に移動しながらそう言うと、カイリが斜め下を向いた。その目線を追うように、Jの視点も移動する。
「いた!」
犬!見慣れたその犬の姿に、由多は思わず声が出て、足をばたばたさせてしまう。ミコという名の犬は、カイリとJを順番に見ているようだった。犬の向こう側にいるはずの、小学校からの親友を思う。きっと彼女も、まさかこんな展開になるなんて思ってもいなかったのではないだろうか。あーちゃんことSHOUJOAさんが仕組んだに違いないそれに、由多は心の中で「グッジョブ」と親指を立てた。ただ、彼女の思惑通りにはいかなかったようだけれど、それもまた良しだ。
明日はまた記念だと言って、あのブルーグレーのパーカーを着て来るだろうか。由多はそんなことを考えながら、次に続くカイリの言葉をドキドキしながら待ったのだった。
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