第十六話『柳瀬仁がやってくる(下)』
「で、来たんだ」
「よう
もうあれから何話経ったんだろ?
「十話だ」
忘れられてるんじゃない?
「酷いことを言うな!」
「作者権限持ちは、息するみたいに心読むよね」
それが仕事だからな、と
「それで、今日は何のために来たの? 本当に家を見ときたかったってわけじゃないんでしょ?」
「あぁ、恵良に話があったんだ。
蒼空との今後…
「何赤くなってんだ?」
なってないし。何言ってんの。
「とりあえず上がってよ。話はそれから」
「別に無理に誤魔化そうとしなくても、掘り返したりしないから安心しろ」
やりにくい…
「まぁ話ってのは、今後のルート選択だな」
ルート選択。なんかゲームみたい。
「とりあえず、お前の目標が市東との結婚である以上…」
「ちょっと、そんなこと考えてないし!」
「深層心理に素直になれよ。お前の真の目標は結婚だろ。それ以外にも色々願望はあるみたいだが、垢banされたくないから割愛な」
「フォローするのかしないのかはっきりしてください…」
「いずれにせよ、お前の目標を叶えるための必須事項は『告白』だ。するつもりなんだろ? そこまでのプランを教えてくれよ。そしたら俺達はそれを全力でフォローするだけだ」
恥ずかしいな。心読むんじゃだめなの?
「お前の口から聞きたい」
そういうとこ、真面目なんだね。
「でなきゃお前の考えが読者に伝わらないだろ。俺だけ知っててどうする」
変なとこ、真面目なんだね。
「まぁ、心を読むのはもう済んでる。そのプランに対するダメ出しを数十個考えてきた。あとは口に出して伝えるだけだ」
「横暴だ…」
「結婚する気あんのか? 言わないなら俺が代わりに言うぞ。そしたら、自分の意見もはっきり言えないダメヒロインとしてお前の人気は下がるだろうな」
わかった! 言いますとも!
「これからしばらく同棲して、蒼空がエッチなことを克服できたら、告白する?」
「一つ。ネタバレになるが、このまま現状維持で同棲を続けた結果、市東がキスできるようになるのは四年後。その先の行為は七年後。どちらも相手はお前ではない」
「ふぇっ⁉︎ 何処の馬の骨が蒼空と…」
「
「ふぇっっ⁉︎ モモがメインヒロインになるの? わたしを差し置いて⁉︎」
「実際、現時点であいつは『サブキャラ(女子)』からサブヒロインに昇格だ」
「今あんなに蒼空を否定してるのに?」
「雨降って地固まるってヤツだな」
わたしは落胆する。これが、N○R…
「お前のものじゃないけどな」
「じゃあ! じゃあ、どうしたらわたしのものになるんですか?」
「簡単だ。告れ」
「フられたら?」
「お前は普段フられるような態度で市東と接しているのか?」
「分かんないよ。第一、蒼空の好みなんて知らないし」
「そうか…だが安心しろ。お前らをフォローするために俺達がいる。告白は、今年中にしろ。それが俺達の考えるベストプランだ。だけど、告白の言葉まで縛る気はない。他人が考えた言葉を、自分の物のように伝えるのは難しい。デパ地下で買った惣菜を、いかにも自分で作りましたって感じで盛り付けても大体バレる。実体験だ。それはお前が考えろ。一応先に聞いて合否だけは出してやる」
わたしには、ある。ずっと昔から、誰かを好きになったら伝えようと思っていた言葉が。
ゲームの中。画面端のハートゲージは一番上まで赤く染まっている。今日は卒業式。画面の先には、卒業証書が入った筒を持つ男性。
昔、モモの家でゲームをした。タイトルは忘れたけど、ジャンルは乙女ゲー。
彼は、わたしが初めて攻略した
画面の下には二つの選択肢。
『これで、お別れだね。離れていても、応援してるから』
そしてもうひとつ。
「お別れなんて我慢できない! わたしも一緒に連れて行って。それで、いつまでも一緒に!」
「アウト」
「え?」
「いや、アウトだろ。考えろ。どんな乙女ゲーから引っ張ってきたか知らねえが、時と場合を選びそうなセリフはやめろ」
「だからわたしは、告白を先延ばしにしようと…わたしの予想では蒼空がエッチなことを克服するのはちょうど卒業くらいだと踏んでたから」
「それじゃダメだって言ったろ。お前は自分の物語を波乱のヒロインレースものにするつもりか? いいこと教えてやる。幼馴染が負けるのは、ずるずると告白を先延ばしにしたからだ。お前が今まで読んできた作品を思い出せ。それを敗因として負けたキャラが一体何人いる?」
いーち、にーい、さーん、よーん、ごー、おーく…
「いっぱい」
「わかったら俺らの言う事は無条件で従え。手始めに、告白のセリフは他のを考えろ。てか、乙女ゲーから引っ張るのも惣菜と同じだからな。自分で考えろよ」
わたしは、悩んだ。この前の中間テストでさえ、わからない問題はすぐに諦めたというのに。
「あ、いいの思いついた」
「平気か? そんな切って盛っただけの惣菜みたいなお手軽さで」
とりあえず、告白をお惣菜に例えるのはやめよ?
「平気。じゃあ行くよ」
「ただい…」
「ずっと好きでした…」
背後から何かが走り抜ける音が聞こえる。間髪入れずに、仁くんがわたしの口を塞いだ。
「今のは?」
「市東だ」
「聞かれた?」
「間違いなく」
「仁くん、どうしよう⁉︎ それともこれもなんかの仕込み?」
「いや、想定外だ。まさか足止め役の
「ねぇなんとかしてよ。ジンえもん。このまま蒼空に告ったら、仁くんにフラれたから蒼空に乗り換えたみたいになっちゃう」
「わかってる、今考えてるからちょっと静かに頼む」
しばらく考えた後、仁くんはこんな案を出した。
「お前はさっき二人称を言ってない。だから、誰が好きなのか言ってないわけだ」
「なるほど」
「先延ばしにはいったラブコメとかでよくあるだろ? チョコを渡しながら『好きです』って言って『へー、そんなにチョコが好きなのか』みたいなの」
ある! あるある!!
「それを逆手に取ろう。そうだな『あれはね、仁くんに蒼空のことが好きなのか訊かれて。だから、わたしが本当に好きなのは仁くんじゃなくて蒼空なの』って言ってこい」
「へ⁉︎ いや、それは無理だよ!」
「日和るなよ。さっきはできてただろ」
そうだけど! それは練習だからであって。
「
「……そうか。今年中に告るのは絶対だが、じゃあ今は、これを好きだって言ってこい」
彼が渡してきたのは小説『坂に愛された町』
なんでこれ持ってるの⁉︎
「お前のだ。作者権限で拝借した。これを好きだって言うついでに貸してやれ。前にお前は恋愛小説って誤魔化してたけど、それT…」
「あわわわわ。それ言っちゃダメ! ダメ! 絶対!」
「L」
なんで言う!
「別に平気だろ。淫語ってわけでもあるまいし、わざわざ○をつけるまでもない」
「いや、わたしの印象的にどうなの? メインヒロインがT○読んでるって作品的にどうなの?」
「いや、ありだろ。作者だって学校で『源氏物語』読んだことあるし」
「え? 源氏物語って現代の少女漫画って聞いたことあるよ? 問題なくない?」
「それは嘘だ。源氏物語の正体は官能小説。より近いものを挙げるなら、TL小説。それと一緒だ」
彼は『坂に愛された町』を指さす。
「嘘だ。そんなに素晴らしい作品だってなんで誰も教えてくれなかったの⁉︎」
「うわっ…TLってだけでその反応。そこまでTL好きだとちょっと引くぞ」
「ひ、引かないでよ!」
「わかったから。ほら、早く行ってこい」
「うん、行ってきます」
これは戦争だ。もしこの戦いに負けたら、バッドエンドは避けられない。だからこそ、必ず勝ち抜いてハッピーエンドを掴んでみせる。
だから勝負だ、市東蒼空。
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