第十七話『もし妹じゃなくて弟だったら貸したいラノベが山ほどあったのに』

 ノックをする。

「どうぞ」

 声に応じて部屋に入る。

 蒼空はベッドの上で本を読んでいた。紫色の背表紙のライトノベル。

「今日も『キ○○旅』?」

「いや、これは『学○キ○』」

 なるほど、学園スピンオフか。原作好きならさぞ面白いことだろう。

「ところで、仁への告白はどうだったの?」

「あぁ、それは…」

「でもアレだよね。彼氏がいる女子が彼氏以外の男と同棲なんてよくないよね。その時はこの関係も解消かな?」

「違う」

「でも僕が菫の彼氏で、菫が他の男子と一緒に住んでたらいい気はしないけどな」

 蒼空がわたしの彼氏…⁉︎

「で、どうだったの?」

「違…くて、告白してなくて、その…これを好きって言ったの」

 わたしは仁くんの指示通り『坂に愛された町』を蒼空に見せる。

「わたしは『坂に愛された町』が好き。そういう意味。だから、仁くんとは付き合わないし、蒼空との同棲もやめない」

 蒼空は一瞬戸惑ったように見えたけど、すぐに納得した表情を見せた。

「なるほど、なら今まで通りってことで」

「うん。現状維持で」

 よし、これで誤解は解けた。でも、仁くんのお使いはもう一個あったっけ。

「それで、これわたしのお気に入りの本なんだけど、蒼空も読んでみる? 貸すよ」

「えっ、あー…」

 あ、困ってる。わたしの厚意を無下にするわけにもいかないけど、読みたくないと思っている。ってところかな。

「じゃあ、お借りします」

 蒼空はしばらく悩んでいたが、手を差し出してそう言った。

「じゃあ、お貸しします」

 蒼空は『坂に愛された町サカマチ』をペラペラとめくる。

「これ、菫が結構読んでるの見かけるけど、仁に紹介するくらい好きだったんだな。でも他ではあまり聞いたことないな。恋愛小説界隈では有名なのか?」

 はい。有名なんです。T○小説界隈では。

「ううん。恋愛小説業界ではあんま知られてないかも」

「そうなんだ。まぁ、暇を見つけて読んでみるよ。いつまでに返せばいい?」

「じゃあ、一年生のうちには」

 わたしが告白するまで、それで女子の望むものを勉強してほしい。

 男子向けの恋愛小説には、男子の夢が詰まってる。男子の理想が詰まってる。

 一方で、女子向けの恋愛小説には、女子の夢が詰まってる。女子の理想が詰まってる。

 だからわたしは好き嫌いせず、男子の夢も女子の夢もたくさんたくさん読んできた。

 あなたにも知ってほしい。女の子が何を望んでいるのか。

「わかった。そしたら、仁に会ってくるよ。話したいこと、もとい文句がたくさんある」

 そう言って蒼空は部屋を出た。

 下の階からは『君、菫に何してた』とか『蒼桜に絡まれてめんどくさかったんだぞ』とかいう声が聞こえた。

 わたしは蒼空のベッドに寝っ転がって、本当に蒼空に告白する日に思いを馳せた。


【おまけ】

『坂に愛された町』

 人気のT○作家、山田ゆりなの二作目。

 本編二巻+番外編一巻の計三巻。

 一巻では主人公の町田まちだとクラスメート坂田さかたの探り探りの恋模様が描かれるが、二巻冒頭でやってきた転校生、村田むらたの介入によって二人の関係は拗れてしまう。

 坂田のことは好きだった。だけど強引な村田はどうも断れない。

 坂田と付き合っているのに村田のことも意識してしまう自分に嫌気が差していた町田。そんなある日、町田を巡って坂田と村田が正面衝突する。

「町田は俺の彼女だ。お前なんかには渡さない!」

「それはオレより先にお前が町田に出会ったからだ。間違いなくオレの方が町田にふさわしいし、あいつを幸せにできる!」

 そんな口論をしばらく続けた二人だったが、どちらの町田への愛も同じくらい大きいとわかり、お互いを認め合いライバルに。

 最終的に町田は坂田と結婚する。しかし、村田はそれをライバルとして祝福するのだった。


 また、坂田と村田の『ライバル』という関係に目をつけた読者による『坂に愛された村』というBL同人も一時期注目された。

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