第18話『現場は脱衣所、被害者二人:蒼空』

 梅雨の定義はよくわからないが、『六月に入ったら梅雨』みたいなイメージがあるのは、僕だけではないと思う。

 六月の第二土曜日。今日も雨だ。

 バイトを終えてコンビニを出ると、夕方の空は分厚い雲に覆われていた。

 天気予報では曇りだったが、信じすぎるのも良くないな。

 コンビニでビニール傘を買うこともできたが、学生には手痛い出費だ。

 しばらく悩んだのち、濡れるのを恐れずに走って帰ることにした。

 家から近いコンビニをバイト先に選んでいたことが功を制し、すぐに家に着いた。

 とはいえ服は濡れ、体は芯まで冷えている。

「あー寒。シャワー浴びよ」

 などとブツブツ文句を言いながら脱衣所の扉を開く。

「「あ」」

 ラノベかよ。はい、ラノベです。

 そこには風呂上がりと思われる菫がいる。僕が家にいなかったからか、とても無防備な姿で…あぁもうはっきり言いますよ。裸です。裸の菫がそこにいました。

 ヤバ、意識が…

 卑猥な現場を目撃してしまい、その方面に耐性のない僕の意識が飛びかける。しかし、爪を手のひらに食い込ませることでなんとか耐えた。それにしてもそれなりに伸びた爪が皮膚に食い込むと結構痛い。

 しかしここからだ。最悪の事態失神は避けられたものの、ここで何もしなかったり何か感想でも言ってしまったりしたら、僕が悪いことになる。起訴されようものなら、どんな小説の敏腕弁護士であっても僕の無実を証明する事は不可能だろう。そうしたら、そのまま僕は犯罪者(猥褻わいせつ罪)として刑務所行きだ。しかし、これは事故だ。俗に言う『ラッキースケベ』まだ僕は悪くない。

 状況を瞬時に判断した僕は、その姿を記憶する前に濡れた服のまま浴室に入る。部屋に逃げたら家が水浸しになる事を考慮しての決断だ。これで相殺してくれればいいのだが念押しでもう一声。

「み、見てないから! だから訴えるのはやめてくれ!」

 するとすぐに返事が返ってくる。

「今ちょっと落ち着いて話せないから後でゆっくり話し合おう!」

 どうやらその場で通報する事はしないようだ。よかった。

 いや、よくない。全然良くないよ!

「どうしたらいいんだ…」

 僕は服を着たまま浴室でひざまずいて一人呟く。ここだけ切り取るとマジで変態だな。

 現場は脱衣所、被害者二人。きっとだれも悪くない。

 されど、アレは僕には刺激的すぎた。

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