第29話『恋愛映画の正しい楽しみ方を知っている方がいらっしゃいましたら、応援コメントから教えてください』
何かがベッドに入ってくる感覚で目が覚めた。
猫でも飼ったっけと思ったが、そこにいたのは猫みたいに懐いてくる同棲相手だった。
「おはよう蒼空、起こしに来たよ」
「ならなんでそこにいる」
ベッドに横になる菫にそう返した。
「添い寝サービス?」
「起こしに来たんじゃなかったのか?」
「起きたからオッケー! ほら下いくよ。ご飯できてるから」
「…え?」
以前にも言ったと思うが、菫の朝は遅い。
だから平日も休日も朝食は僕が作っている。
起こさなくても時間までには自力で起きてくるが、起きて学校に行く以外のことに手が回らない。それなのに…
今日の食卓にはフレンチトーストが並んでいた。
「召し上がれ。飲み物は麦茶とコーヒーどっちがいい?」
「コーヒー、だけどそれくらい自分で…」
「いいのいいの。座ってて」
「う、うん」
全てを菫に任せる朝食を終え、僕は質問権を行使する。
「どうした? 何か変なものでも食べたのか? 夜暇だったからフレンチトースト作ってたら凝りすぎて朝になってたとか? メイドと主人の禁断の恋を描いた小説でも読んだとか?」
とりあえず思い当たることは全部言ってみた。
「全部違うよ! そんなことより、このあと出かけるから。どこ行きたいか決めといて」
「どこって言われても…」
「いいから。わたし着替えてくるね。それまでに決めといて。今日は一日蒼空に尽くすって決めてるの」
メイドと主人のラブストーリーも当たらずとも遠からずといったところか。
「ほんとに映画で良かったの?」
映画館のエントランスで菫は最後の確認をする。
「うん。即日で予定立てるとなるとこれくらいしか思いつかなくて」
「それに、この映画でいいの?」
菫が指差したのは話題の恋愛映画のポスターだ。僕が観ようと提案した作品でもある。
「じゃあ、あれでもいいのか?」
僕はその隣のスプラッター系ゾンビ映画のポスターを差した。
「そ、蒼空が望むなら…」
「冗談だよ。全員が楽しめないなんて、もったいないじゃん」
しかし、菫はまだ言いたいことがあるらしい。
「れ・ん・あ・い! 蒼空は楽しめるの?」
「まぁ…そうだな、楽しむよ」
「どうやって?」
「……待って、恋愛映画ってどう楽しめばいいんだ?」
菫は、やっぱりといったため息を漏らした。
「蒼空に恋愛映画はまだ早い。こっちにしよう」
そう言ってギャグ漫画の実写映画のポスターを指差した。
「蒼空、ギャグ映画の楽しみ方は?」
「笑う」
「よろしい。買ってくるね」
そして二枚のチケットを持って戻ってきた。
「お金はいいから。さ、始まるよ」
「ちょっ、菫!」
財布を取り出す間もなく、入り口まで手を引かれた。
映画は終わり、帰路に着く。
「あー、笑ったね」
「そうだね。菫はどこが一番面白かった?」
「本当は自分の命を狙う殺し屋なのに、ストーカーだって勘違いした所」
「そこね。僕も好きかな。その殺し屋が主人公に助けられて本当にストーカーになったのはよかった」
「うんうん。あ、あそこ寄ってかない?」
「ん? ケーキ屋さん?」
ここまで尽くされてようやく思い出した。
今日は僕の誕生日だ。
「お決まりですか?」
「えーっと、チーズケーキ」
「わたしはショートケーキにする」
「よろしければメッセージプレートの方無料でお付けできますが、いかがなさいますか?」
「チーズケーキにお願いします」
「はい、なんとお書きしましょうか」
菫はしばらく考えてから。
「『そら誕生日おめでとう♡』でお願いします」
僕は絶句した。
「はい。彼氏さんですか?」
「はい」
と菫は嬉しそうに答えた。
家に帰り、ケーキを食べながら振り返る。
「どうしてあんなこと言ったの?」
「あんなって?」
「ケーキ屋で、僕を彼氏だって」
「考えてみてよ。彼氏じゃないのに誕生日に二人でケーキ買ったうえ♡って…わたし達の関係って説明がめんどくさいくらい複雑なんだから」
「そうだけど、なんでわざわざプレートに『♡』書いてもらったんだよ」
「文字数多い方がチョコ多くてお得かなぁって」
そういうことにしておこう。とにかく今日頑張ってくれたのは事実なんだから。
「そうだ、今日は色々もてなしてくれてありがとう」
「楽しんでくれたなら何よりだよ」
「そういえば、菫の誕生日はいつなの? こんなに祝ってもらったからお返ししたいと思ったんだけど…」
「あー聞きたい?」
「うん。同棲相手の誕生日は知っておくべきだなって思ったよ」
「そ、そっか。そしたら、心して聞いてね」
どうしてこんなに前置きが長いのだろうか。
しかし、その理由はすぐにわかった。お気遣いありがとうございます。
「5月13日、だよ?」
本日、7月31日。
「…ごめんなさいっ!」
「い、いいのいいの。LANEの誕生日登録オフにしたのはわたしだから」
「なんでそんなこと…」
「だ、だって…」
菫は恥ずかしそうに言う。
「あれを見なくても誕生日を祝ってくれる人が何人いるか知りたかったの」
「それで?」
「親とモモだけ祝ってくれた」
「祝えなくてごめん」
「知らないのに祝えなんて言えないよ」
「でも、もう知ってるから。来年は必ず祝うから」
「それは、来年も一緒に暮らそうってこと?」
「…え、まぁ、そうなるかな」
「じゃあ、楽しみにしてるね」
「うん」
例え来年菫が同じ事をしても祝ってあげられるよう、その日を心に刻んでおこう。
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