第三十六話『無音の花火に掻き消され』
赤い花火。緑の花火。オレンジの花火。ハートの花火。星の花火。おっきな花火。
いろんな花火が次々に打ち上がる。夏らしいポップなBGMと一緒に会場の人たちの心も跳ねる。
「
「うん。すごい綺麗」
「語彙力」
「それくらい綺麗ってこと」
「わかってるって」
言葉を失うというか、なんか、うん。そんな感じ。
「来年も来たい」
「うん、絶対来よう」
「約束だよ?」
「もちろん」
祭りの終わりを告げるように、特別大きな花火が咲いて、散った。
人混みを掻き分けながら駅まで歩き、電車の中は満員でぎゅうぎゅう詰めだった。
だから蒼空と落ち着いて話せたのは駅から家までの道だけになってしまった。
今日の感想を改めて言おうとしたそのタイミングで、ぶちっと足元から音がした。
見ると、切れた鼻緒と目があった。
これは縁起が悪い。
「どうした?」
蒼空が訊いてくる。
「は、鼻緒が…切れた」
はぁ…面倒なことになった。
「歩ける?」
「う、うーん。ちょっとキツそう」
蒼空はわたしに背中を差し出す。
「え、なに?」
「乗って。ここからはおぶって帰るよ。そんなに遠くないから任せて」
「え、うん。ありがと」
彼の背中にしがみつく。
力を抜いて彼に体を預ける。
むにゅっ。
蒼空の体が一瞬震えたのを感じた。
これは、意識してますな。
体勢を整えるフリをして更に押し付ける。
「……」
蒼空の顔を後ろから覗き込むと、頬がこわばっているのが分かった。攻めすぎたか。
「大丈夫? 重くない?」
「大丈夫。ちゃんと食生活に気を遣ってる
あら、男らしさをアピールしつつも普段わたしを見ていることもちゃっかり伝えててポイント高い。好きになっちゃう。まぁもう大好きなんですけど。
蒼空に好かれることを意識しないと。
あれ? じゃあ今マイナスじゃない?
よし、落ち着け
「…………」
蒼空、女の子のタイプについて話したことない。
女の子が嫌いなのでは? と疑うレベル。
あ、でも蒼空はエッチな事が好きじゃないから、そういうことを強要してくる女の子はあんまり好きじゃないよね。
いわゆる、痴女。
あれ? じゃあ今マイナスじゃない?
「…蒼空、やっぱり降りる。止まって」
「無理しないで。僕は大丈夫だから」
「降ろして〜!」
蒼空はその細い腕の割に意外と力があって、結局わたしを離してくれなかった。
蒼空に揺られながら、歩き疲れたわたしはゆっくりと眠りに落ちていった。
完全に意識を失う直前、わたしは無自覚のうちにこう言った。
「蒼空の背中、あったかい。大好きだよ」
その後蒼空が何か言ったような気がしたけど、あまりよく覚えていない。
目覚めた時、わたしは自分のベッドの上にいた。まるでそのまま投げ出されたかのような格好で。
「浴衣、シワになっちゃう」
着替えさせられてても問題だけど。
室内着に着替えて階段を降りる。
やはり蒼空はそこにいた。
「あ、おはよう。だいぶ疲れてたみたいだね。もう40分も寝てたよ」
「おはよう。運んでもらっちゃってごめんね。このお礼は必ずするから」
そう言うと蒼空は興味を示してきた。
「本当? じゃあ一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」
「うん」
「君の持ってる恋愛小説や漫画を借りたい。内容は恋愛ならプラトニックでもちょっとアレなのでも構わない」
わたしは目を丸くした。今朝蒼空が恋愛小説を読んでたのは知ってるけど、プラトニック極めましたみたいな作品だった。
なのに今なんて言った? ちょっとアレなのでも構わない?
「わ、わたしは別にいいんだけど、どうして急に?」
物語が人物が成長する過程を描くものだとしても、これは急成長し過ぎだ。それ相応の理由を求めたい。
「意味が知りたい言葉があるんだ」
「どんなの?」
「…えっと、告白っぽいんだけどそうじゃなさそうで、無自覚に言ったんだろうって分かるシュチュエーションで色んな意味で取れる言葉なんだけど、それを言った相手の気持ちが知りたい」
「うーん、難しいな。考えとくね。いいのあったら貸すよ」
その言葉がなんなのか、わたしはまだ知ることはないのだろう。
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