第四話『市東蒼空がこうなった訳』

 同棲を始めて、三日たった。『男子三日会わざれは刮目してみよ』という言葉があるように、三日は長い。三日でかなり慣れた。ん? なんか別のヒロインみたいになっちゃったな…訂正!

 3月2日。同棲三日目、荷解きも終わって、楽しかったですまる

 好きな人と二人きりの生活は緊張する。でもちょっと期待はずれ。

 てっきり新婚夫婦感がでるかな〜やった〜! みたいなこと考えてたから。

【菫のイメージの数々】

case.1『お風呂』

蒼空そら、入るよ?」

「ちょっあ、す、すみれ待っ!」

「えへへ、お背中流しに来ました」

case.9『朝食』

「朝食、作ってくれたんだ」

「うん。腕に寄りをかけて作りました!」

「ありがとう。どれも美味しそうだ」

「でしょ? 卵焼きとか自信作なんだ。あと…わたし」

「ん?」

「わたしも一緒に…ね?」

case.832『浮気:前編』

「ねぇ、昼間話してたあの女の子誰? まさかわたしの他に女がいるの?」

「そ、そんなわけないだろ…」

「………はぁ。ごめん、カッとなりすぎてた。ちょっと一人にして」

「う、うん」

case.833『浮気:後編』

「この前蒼空兄といた女の人ですか?」

「そう。ゆるふわっと巻いた茶色い髪に、優しそうな目の女の人。身長は…」

「私よりちょっと高いくらいですか?」

「…ぇ、うん。そう…だけど」

「なら叔母さんですね」

「おばさん?」

「はい。父の弟の結婚相手です。もっとも、蒼空兄が浮気なんてする訳ないじゃないですか。まだなのに変なこと抜かさないでくださいよ。今が一番イチャイチャする時期ですよ。楽しんでくださいね」

case.3141 case.5926 case.53589 case79323 case.84626………

 ツッコミ不在のため暴走中。しばらくお待ちください。


「はっ! トリップしてた。投稿サイトに載せたら賞取れるかな…無理か。うん、無理だ。ベタすぎた」

 現実なんて、お風呂を襲うことはできないし、朝食はわたしが朝遅いせいでほとんど蒼空に作ってもらってるし、浮気はおろか、彼わたしにも何もしないんだよ? しないんだよ⁉︎

 んー、なんか蒼空のこと考えてたらちょっと話したくなった。今の時間ならダイニングにいるかな…


 階段を降りるとそこはすぐダイニング。

 蒼空がソファに座って本を読んでいる。今うちにある家具の全てが蒼空の家とわたしの家から持ち出したものだ。それも、テレビとかの大事な家電は流石に持ってこれなかったから、あるのは今までわたし達が使っていたもの。もしくは使っていなかったもの。例えば、勉強机やベッド。後者なら前に使ってたソファとか。

 あの大きさだとラノベね。蒼空は本には必ずブックカバーをつけるタイプだから表紙が見えないけど。

「何読んでるの?」

「女性に騙されて女性嫌いになった主人公が、悪質な女性をあの手この手ではめていく爽快系。ちなみに恋愛要素はない」

「やっぱり、恋愛はダメなんだ。ねぇ、何があったのか教えてくれない? 蒼桜あおちゃんもそこは教えてくれないんだ」

 ちょっとだけ興味が湧いた。蒼空の過去。黒歴史。それを知れば、蒼空をもっと好きになれて、蒼空に好きになってもらえて、さっきの妄想を実現できる日が来るかもしれないから。

「そんな大した話じゃないよ」

「別にいいよ」

「聞いたら気分悪くしないか?」

 顔をしかめて訊いてくる。どうやら本気でヤバい話らしく、心から心配してくれているようだ。

「なに? 心配してくれてるの? 大丈夫だよ。話してみ」

 でもそんな心配は必要ない。むしろヤバければヤバいほどわたしはそれに向き合いたい。向き合わなくちゃいけない。

「分かった。そんなに言うなら話すよ。あれは、中学校にあがりたての頃だった。クラスの男子がよく下ネタを言ってた」

「…へ?」

 わたしは、深刻な話が始まると待ち構えていただけに肩透かしを食らった気分だった。

「それで、ある日。ちょっとだけ魔がさした。保健体育の勉強の延長のつもりでちょっと卑猥な漫画をそいつらから借りた」

「ん?」

 理解ができない。なぜこの性に目覚めた男子中学生の話が深刻な問題なのか理解できなかった。

 もしかして、深刻だと思っていたのはわたしだけで、実際はそうじゃなかったってこと⁉︎

「それで、家に帰ってそれを読んだ」

「うん」

 ここで止めるのも可哀想なので続けさせることにした。

「卑猥だと思った」

「へ?」

 当然だろう。エッチな漫画はエッチだからエッチな漫画なのだ。

 何を言っているんだろう。

「だって気色悪くないか? 付き合ったらアレをしなければならないだなんて考えたくもない。だって、アレを、アレして、アレが、ああなって…ごめん。トイレ」

 そう言って市東はトイレに駆け込む。わたしはトイレから聞こえてくる音を聞いてヤバいと思った。

 急に話し方が鬱になったらへんからヤバいとは思っていたけど、まさかここまでとは。

 わたしはあたふたした。気分を悪くしないかと訊いといて自分が悪くなるとは。わたしを自分の物差しで測られてもね。


 しばらくして彼はトイレから出てきた。洗面台に行って水の音が聞こえてきて止まった。

 彼が戻ってきた。

 さて、ここはどうフォローするのが正解だ?

「…でも、やることは義務じゃないでしょ?」

「もし彼女がしたいと言い出したら? 僕には断って破局か、断らないで吐いて破局かの二択の未来しか見えない。どうせ破局するなら彼女はいらない」

 ハズレだった。というか、何を言ってもハズレだった気がしてならない。

「なんかごめん。いや、君は悪くないよ。みんなは当たり前のようにアレを読めて、やれる。僕はそれができない。みんなができるものができないのなら、それはできない奴が悪いんだ。すごいやつなんてクラスで卑猥なワードを叫んでいるし。僕は密かに彼らを尊敬してるんだ」

「そっか」

 他に何を言えと? これがわたしの限界だ。

「だから、僕は嫌なんだ。昔は、恋愛系の話も読めたんだけどね。むしろ結構好きだったんだ。でもさ、キスで子供ができるって思ってたのに、正しい方法をクラスメートから否応なしに聞かされて、それを読んだら、想像よりも気持ち悪かった。…ごめん、君は平気だから悪口言われて辛い…かな?」

「平気だよ。わたしも好きってわけじゃないしね。でも、愛を伝える最上級の手段だとは思う。そうすると、わたしは愛されてるって思える気がするんだ。まぁ、わたしは処女だし、全部本で読んで感じたことなんだけどね。だけどさ!」

 俯きがちだった彼の顔が、大声に反応してピクッと跳ねるとそのまま上がる。

「別に蒼空のことって訳じゃないんだけど。わたしは、相手が嫌だっていうなら、やらなくてもいいかなって思うよ。まぁその人が、わたしが嫌だと思うことをやらないでいいよって言ってくれるような、わたしのタイプだったら、だけどね」

 蒼空はそっか、と感慨深そうに頷く。

「ありがとう。それで、わたしのタイプって言ってたけど、君が恋愛してこなかった理由はそこらへんにあるのかな? 少し興味があるな。話してくれる?」

「うん、いいよ。わたしのはあなたの程重くはないし、蒼空が話してくれたんだし、わたしも話すよ」

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