第5話『恵良菫がこうなった訳』
「これはわたしが保育園に通っていた頃の話なんだけどね。わたしは昔から友達が多くて、毎日誰かしらに囲まれてた」
特定の少数としか仲良くない僕を馬鹿にしてるのかと思ったけど受け流す。まだ会って数日だけど菫の事、少し分かってきた。こいつは他人を見下して優越感に浸るような奴じゃない。
「それでね。仲良くしてた子の中に、チカちゃんって子がいてね。その日は、その子とあと何人かでグループ作って遊んでたの。そのグループの子たちみんなませててさ、チカちゃんが言い出したの。『誰が一番理想の男の人と結婚できるか勝負しよう!』ってね。みんなが、自分の理想の男の子の特徴を言い出したの。『かっこいい』とか、『足が速い』とか、誰のことを言ってるのかバレバレの特徴を言い合った。それで、当然わたしも参加したんだけど、誰にも負けたくなかったわたしはこんな事を言ったの」
大体察した。だけど、疑問が残る。
「『みんなの好きな男の子を合体させたみたいな男の子と結婚する!』って」
なんで君は、今でもその勝負に囚われているのだろうって。
「馬鹿だよね? その時もみんなに笑われた。そんな人いるわけないって」
「その時もって何だよ。まるで今僕が君を笑ってるみたいな物言いだな」
「えっ?」
自笑は好きにやればいい。でも僕のことを何も知らずに、僕が笑うと決めつけるな。
「僕は笑わない。君がこの年までその理想を追いかけてるんだ。何か理由があるんだろ? はっきりした信念のうえで何かを語るなら、僕はそれを否定はしないよ」
「…ん、ありがと」
下を向いたまま、気恥ずかしそうに唇をキュッと引き締めた。
「それで。君はなんで、そのルールを守っているんだ?」
「それは…」
彼女は口ごもる。しかし、それも少しのこと。下げていた目線を上げ、下げていた口角を上げ、『分かった、話すよ』と微笑んだ。
「わたしは、誰かに負けるのが嫌なんだ。ちょっとしたことでも勝ちたくなっちゃう」
ああ、少し分かった。つまり、こう言いたいわけだ。
「結婚する人も、誰にも負けたくないんだ」
進学校に受かる程の学才も、現実的離れした美貌も、ファッションセンスでさえも、僕から見れば完璧超人のそれだ。でもそれが、誰かに負けない為の努力による賜物だと聞いたら、今までにようには見えなくなった。案外彼女も普通の女の子なのだ。ただ、負けたくないという一心で、努力しただけなのだ。
でも、努力でそこまでのし上がるのはきっと辛かっただろう。しかし、心折れずに努力し続けられるほどに、彼女の信念は強かった。
しかし、そこまでしても彼女の理想の男の子は見つからなかったようだ。はたして『みんなの好きな男の子を合体させたみたいな男の子』とやらはいったいどんな子なのだろう。『みんな』はどんな特徴を言ったのだろう。きっと二つ当てはまる人を見つけるのも難しいほどの内容なのだろう。しかし、彼女はこの約十年間その彼を探して自分を磨き続けたのだ。
そんな彼女を誰が笑えよう。少なくとも僕は、心からの拍手を君に送りたい。
「君は凄いね」
口が勝手に言葉を紡いでいた。それを聞いた彼女は顔を朱に染めながらいそいそと自室へ戻っていった。
ただ褒めただけだ。流石に褒めたからセクハラって事にはなるまい。決して卑猥なことではないはずだ。きっと恥ずかしかったのだろう。褒められるのは嬉しいことだが、慣れていない人には恥ずかしい。
それにしても真っ赤だったな。まるで恋するヒロインみたいに。まぁ、それはない。だって、
彼女の好みは僕ではないし、僕は好意に応えられない。それを彼女は知っているのだから。
しかし、彼女の好みの人が現れますように。
そう願わずにはいられなかった。
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