第四十七話『蒼桜の父親』

 目が覚めると、隣に蒼桜あおちゃんがいた。

 ふむ、ワンナイト…百合…?

 だんだんとクリアになってきた思考がその考えにツッコミを入れる。

 そっか。一緒に寝たんだっけ。

 うぅんと可愛らしく唸りながら寝返りを打つ蒼桜ちゃん。

 彼女を起こさないように布団から出る。

 今日は蒼桜ちゃんの家出、三日目。昨日は学校があったからバタバタして何もできなかったけど、今日は土曜日、蒼桜ちゃんとどっか遊びに行ったりできたら楽しいかもしれない。

「まずは、美味しい朝ご飯作ろっかな」

 全ては可愛い未来の義妹のために。

 

 そうして階段を降りると、知らない男性がいた。

 彼はリビングテーブルに座り、わたしに背を向けている。

 そしてわたしに気づくと振り向いて、わたしを上から下まで見つめた後、納得したように元の体勢に戻った。

 そしてわたしも気づく。彼の向こうに、蒼空そらが向かい合って座ってることに。

「彼女がすみれちゃんか。父親に似て優しそうな子だな」

「うん。優しいよ。蒼桜もよく懐いてる」

「ここで蒼桜の話を持ち出すなんて、お前もずいぶんずる賢くなったな」

「はは、もしかしたら遺伝かもしれないね。僕の父親はそういう人だって母さんから聞いたよ」

 なにこれ、怖い。言葉の裏で戦争してるよこの二人。

「菫、紹介するよ。こちら僕の父さんの市東いちとう正弘まさひろ

「よろしく、菫ちゃん」

「よ、よろしくお願いします」

 そういえば会ったことなかったっけ。

「父さんは社長でさ、毎日予定がびっしり詰まってるんだ。だからなかなか会うこともできないんだけど、今日は蒼桜を連れ戻すためって全部の予定キャンセルしてこっち来たんだって。はぁ…何のつもりだよ」

「中小のベンチャー企業だからな。そこまでたいそうなものじゃない」

「元、だろ。今の規模考えてよ。一つの会社の大黒柱は家庭の事情で休めるような役職じゃないって」

「だから昨日は来れなかったんだ。流石に翌日の予定をキャンセルするのは厳しくてね」

 それでも明後日の予定はキャンセルできたんだ。執念を感じる。

「とにかく、蒼桜はまだ寝てるんだろ。起きるまで少し話さないかい?」

 わたしは頷いて蒼空の隣に座る。

 それから正弘さんの事を蒼空から話してもらった。一部彼は否定したけど、蒼空が誇張した皮肉なんだろう。

 例えば、正弘さんが蒼桜ちゃんを大好きだって事とか。

 そのあとは昨日と一昨日の話。

 蒼空とわたしからこの家での蒼桜ちゃんについて話した。

 そしてそれは、本人の登場によって幕引きとなる。

「菫さん、蒼空兄、おはようございまーす。清々し……なんでいんの?」

 『なんでいんの?』だけ、凍ってた。多分間違えて冷凍庫に入れちゃったのかな。

「…お前が心配になってな」

「そんな心配されなくても私は大丈夫。だから、帰って」

 蒼桜ちゃんってこんな冷たい声出せたんだなー、なんて呑気なこと言ってられない…よね? なんで蒼空はそんな余裕なの?

「まだ中学生の娘が出ていったら普通心配するだろ」

「今二人から私の事聞いてたんでしょ? 見てもわかる通り私は元気。心配する要素はない。だから、

 二人の会話による攻防が繰り広げられる。わたしは耐えられなくなって蒼空に耳打ちした。

「助けて」

「その必要はないと思う。二人は喧嘩してるようで、撃ち合ってるのはBB弾だから。多少は痛いだろうけど、それは本人達もわかってるし、命にかかわらないから僕は黙認するよ。安全な証拠に、さっきから同じことしか言ってない」

「母さんも心配してる」

「嘘つかないで。お母さんは明日までここにいていいって言ってくれた。また出直してきて」

「反抗期の娘と会話ができるなら、喧嘩でもいい。うちの父さんはそう言う人なんだよ。ドーターコンプレックス──ドタコンだからね」

 なにそのドタキャンを噛んだみたいな造語。

「そのせいで蒼桜のあたりが余計に強くなってるんだけどね。こういう時はだいたい、満足した父さんが打ち切るから、しばらく放っておこう」

 手慣れてるね。まさか市東家ではこれが日常茶飯事なの?

「たしか、蒼桜とどこか行きたい所があるんじゃなかったっけ?」

「うん、デパートで買い物したかったの」

「なら、準備しておくといいよ。僕は朝ごはん作るよ。それらが終わる頃には、二人の喧嘩も終わってるだろうから」

 わたしは頷いて立ち上がった。


 だけど戻ってきても口論は続いていた。

「僕が言ってる意味が分からないのか?」

「分かるって! てか、その一人称やめて。蒼空兄と一緒で紛らわしい。キモい」

 正直、辛い。

「いつ終わるの?」

 キッチンの蒼空に問いかける。

「もう終わるよ」

 そう言ってお皿に乗っけたトーストを二人の前に置いた。

「召しあがれ」

「「いただきます」」

「…! 被せてこないで!」

 それを見ながら彼はもう二つのトーストを机に置いた。

「さ、菫。僕たちも食べよう」

 そうしてみんなでトーストをかじる。無言で。

 そのお通夜と面接の中間みたいな空気感を破ったのは蒼空だった。彼のお皿にはもう何も乗っていない。もう食べ終わったのか。

「父さん、気は済んだ?」

「ん、ああ。楽しかったよ」

 多分楽しんでたのあなただけだと思います。

「それは良かった。蒼桜は?」

「話しかけてこないならこっちから文句言う理由はない」

「それは良かった。じゃあ、この後菫は蒼桜と買い物に行きたいらしいんだ。だから父さん、それ食べたら帰ってくれない?」

 正弘さんはしばらく悩んだ後に、頷いた。

 これにて一件落着。次回、ようやくゆっくり買い物できそうです。

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