第四十六話『蒼桜の信念』

 円花まどかちゃんの時にもこの問題が生じたけど、学習しないわたしたちは特に何の対策もしなかった。

 だから今回も、蒼桜あおちゃんの寝る場所はない。

 どうしようか、とわたしが悩んでいると、蒼空そらがリビングに入ってきた。

 曰く、蒼桜の家出の理由はわかったけど、蒼空よりわたしの方が適任だから、話を聞くのを任せたいそうだ。

 本人に許可をもらって、蒼空の部屋に入る。そこには目の端を腫らした女の子がぺたりと座っていた。

「蒼桜ちゃん。もう遅いし、一緒にお風呂入ろっか」

 なるべく優しく言ってみる。

「入ります。でもシャンプーとか忘れちゃったので菫さんの貸してください。えへへ、菫さんと同じ髪の匂い……」

 ははは…

 意外と元気だと思うけど、さっきまで泣いてたのも事実だ。

 ちゃんと話を聞いてあげよう。未来の義妹いもうとのためにも。


「ねぇ、いつになったら入るの?」

 わたしはお風呂の中で脱衣所の蒼桜ちゃんに呼びかける。

「あの…えっと、私は…恥ずかしくて。菫さんみたいにおっきくないので…コンプレックスが」

 入りたいと言ったのが誰だったか、もうわかんないよ。

「そんなこと言ってないでさ!」

 勢いよく扉を開く。服を着たまま胸を手で隠す少女は、驚きに驚きに満ちた顔をしている。

「とりあえず、服脱いで!」

「いやー! 服泥棒ー! 犯されるー!」

 さては元気だろ。


 カポーン

 とか聞くと、わたしは『お風呂だな』って思う。

 別に現代日本でそんな音が聞けるわけじゃないけど、細胞レベルで刻まれてるというか、本能?

 小説でカッコいいセリフを見つけたら、自分が言われてるのを想像するのと同じくらい脳が自然におこなってくれる。え、あるよね?

「ねぇ蒼桜ちゃん」

 体を見せたくないって言うから背中合わせになって浴槽の中。

「なんですか?」

 まさか胸に大きな傷があったりするのかと思ったりもする。

「蒼桜ちゃんがどんなに辛い過去を抱えてても、あなたはわたしの義妹いもうとだからね」

「ふむ…つまり合法ですね」

 今のってそういう話だったっけ?

 いや、茶化すって事はやっぱり…

 わたしは振り返り、肩越しに彼女の胸を見る。

 果たしてそこに傷はなかった。

「ついでに言うと胸もなかった」

 その自虐ネタ好きだね。

「リアル脱出ゲームとかするとわかるんですけどね。ああいうのって、持ってる手札を全部問題を解くのに使うんですよ。つまり、何一つ無駄なものなんてない。一見オシャレな壁の模様も、頭を捻れば問題のヒントになってたりするものです。前置きが長くなりましたが、それって私達も同じだと思うんですよ。私につけられた設定や属性は、全部話を進行するのに使うんです。無駄な設定は一つもない。一見してもあるかないか分からない私の胸も、菫さんとの差別化やネタに使われて本望、そういうことです」

 言いたいことはわかるけど、それでいいのかなぁ…

「いいんですよ。胸って聞いて私を思い出してくれれば、それで十分です」

 そっか。

 無駄なものなんてない。設定も属性もイベントも、全てエピローグのため。

「蒼桜ちゃん。あなたはわたしの義妹だから、遠慮しないで話してほしい。他人に言えないことも、家族そらに言えないことも、どっちでもないわたしにぶつけてほしい」

 じゃあ、この家出というイベントは、何のためにあるのか知りたかった。

「蒼桜ちゃんは、なんで家出したの?」



 その日は、父がやけに早く帰ってきた。

 今日は食事会なかったのか。

 そう思いながら部屋で動画を見てた私の元に彼はやってきた。

「勉強はやってるのか?」

 やってるかやってないかは問題じゃない。テストは作者さんが答え教えてくれるから問題ない。

 なんて何も知らない父に言えるはずもない。

「あんたには関係ない」

「最近変なやつとつるんでるって母さんから聞いたぞ。確か、柳瀬とかいう。彼氏なのか?」

「だったら何?」

「お前、来年受験だろ。蒼空と同じ所に行きたかったら、今から始めないと間に合わなくなる。彼氏にうつつを抜かしてる場合か?」

「彼氏じゃない。協力者」

「でも毎日一緒にいるんだろ? それってもう付き合ってるって事じゃないか」

 あぁもうイライラしてきたな。

「ピュアか! 柳瀬さんは私と菫さんのために協力してくれてる人なの! 断じて彼氏じゃない」

「そもそも、その菫ちゃんのために何かしてるのが、受験に響かないから心配なんだよ」

「あんたの心配なんてなくても私は平気なの」

「はぁ…お前もだいぶ反抗的な態度をとるようになったな。これもその変なお遊びに参加してるせいか?」

「お遊びなんて言わないで。菫さんと蒼空兄のためなの」

「お前の頼みだからあいつらの同居も許可したけどな、高校生で恋愛ごっこしたところで苦労するだけだ。別に蒼空の相手は菫ちゃんじゃなくたっていいだろ」

 頭が真っ白になった。



 理解した。なんで蒼空が『わたしが適任』なんて言ったのか。

 家出の原因はお義父さんとの喧嘩。

 喧嘩の原因はわたし。

 だから、蒼空はわたしに期待したんだろう。

 わたしは蒼桜ちゃんを背中から抱きしめる。

「蒼桜ちゃんは、優しいね」

 わたしのためにありがとう。

「いえ…こちらこそ」

 蒼桜ちゃんは恥ずかしそうにうつむいてそう言った。

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