第33話『蒼空サイド@プールサイド』

「『このお○ぱい星人!』だってさ」

「うぅ、卑猥だ…」

 女子の着替えは時間がかかる。

 故に僕ら男子の着替えは早々に終わり、更衣室出口で彼女達を待った。

 そして生まれた暇な時間、仁越しに女子更衣室の会話を聞いた。

 彼曰く『お前も女子が何考えてるか知りたいんだろ? 俺ら男子に言えないようなことも、同性には簡単に言えるもんだよ。だから同性しかいない更衣室の会話を盗み聞くべきだ。幸い俺の作者権限ならバレずにできる』

 確かに、菫の考えを知りたかった。彼女が僕との同棲に至った真意を教えてもらいたかった。

 しかし今のところ蒼桜の本音しか聞いていない気がする。

「まあ、恵良は思ったことをあんま口に出さないからな。『とにかくいいんです! それは菫さんが着てください』『わかったから落ち着きなよ。ウチら終わったから先行くね』『またあとでね! おねぇにエロいお姉ちゃん』お、金子と十文字長女が来そうだな」


 しばらく待つと、彼の言った通り桃葉と円花ちゃんが更衣室から出てきた。

「遅れてゴメン。楽しんでる?」

「お前達のこと待ってたからまだ何もしてねぇよ」

「じゃあもう少し待と? スミレを見ないと始まるものも始まらないからね」

「エロいお姉ちゃんはおっきいから、水着着たら絶対にすごい。おにぃは『さけいけにくばやし』だね」

「酒池肉林ね。でも、そうかも」

「それ誤用なんだよ。本来の意味は豪華な食事で、それ以外にはない」

「その意味で言ったんだよ?」

「どこに豪華な食事がある」

「あれ」

 彼女が指差したのは売店。アメリカンドッグやかき氷が売っている。

「百歩譲ってあれが豪華だとしても話の流れが繋がらないんだが」

「あたしまだ子供だからそーゆーのわかんない」

「……」

「まぁまぁ、ムキになるなって」

 ムキになってなんかない。

 このままだと本格的に揉め合いになりそうだったが、彼女の声が僕たちを冷静にした。

「お待たせしました!」

 蒼桜と菫がようやくやってくる。ちなみに菫は蒼桜の後ろに隠れてよく見えない。

「どう蒼空兄? この水着、可愛くない?」

 可愛いも何も、前に見たやつなのだが。

「むぅ、反応悪いなぁ。仁さんはどう思いますか?」

「うん。水色を基調としたワンピースの水着。全体にあしらわれた白のフリルが、かわいらしく映えている。総評すると、似合ってるよ」

「そうですか? ありがとうございます!」

 そんな情景描写みたいな感想もらって嬉しいのか?

「嬉しいよ。それで菫さん、いつまで隠れているおつもりですか?」

「蒼空が失明するまで」

「塩酸でも買ってきましょうか?」

「塩素系の洗剤で失明することがあるらしいぞ。ちなみにプールには塩素が入ってる」

「…え、ウチ今日入るのやめる」

 君が言い出したんだろ。らちがあかないな。

「菫。恥ずかしがらないで。可愛い菫を見せてよ」

 恥ずかしいけど平然を装って言ってみた。周りのみんなが僕を驚いた表情で見た。蒼桜は空を見上げた。雪は降らないと思うぞ。

 これで彼女の本音が知れるだろうか。

「わたし、可愛い?」

「うん」

「これでも?」

 そう言って菫はようやく前に出てきた。

 彼女の肌を申し訳程度に覆ったビキニ。その布面積の割に色が清楚感を、リボンが可愛さを演出し、菫らしいと思った。

「うん。可愛い」

「…ならよかった。ねぇ蒼空。円花ちゃん用に浮き輪持ってきたの。一緒に膨らましに行こ」

「よろこんで」

 僕も丁度、二人きりになる時間が欲しかった。


 空気入れコーナーに並ぶ。その間僕は菫のことを考えていた。

 桃葉は僕に、菫の好きな人について話してくれた。

 しかし菫からはそんな素振りは見られない。

 以前蒼桜にカマをかけてみたことがあるが、その時彼女は桃葉と同じことを考えているようだった。

 菫が僕のことを好き。

 しかし本人はいつまで経っても本心を見せようとはしない。それが僕の心にずっと引っかかっていた。

「蒼空? そーらっ!」

「え?」

「大丈夫? ぼーっとしてたけど」

「あ、うん」

 いつのまにか順番が来ていたらしい。

「わたしが穴に差し込むから、蒼空は…なんか適当に膨らみやすくしといて」

「わかった」

「よろしく」

「あのさ、話があるんだけど」

 菫は空気入れのスイッチを押した。

「いいよ。これが終わるまで聞いてあげる」

 僕は勇気を出して訊く。

「菫の好きな人って、誰?」

「あ、もう膨らんだよね。終わり終わり。モモ達んとこ戻ろ?」

 そう言って膨らみかけの浮き輪を回収しようとする菫。

 いや、円花ちゃん沈むって。


 結局有耶無耶うやむやにされて、余計に訊きにくくなってしまった。

 みんなが待っているテントに戻る最中さいちゅう、何かがドタドタとこちらに迫ってきた。

「スミレーっ! みんなで流れるプール行くことになったの。流されながら恋バナしよ」

「わかった。でもモモ、プールサイド走ったら危ないよ?」

「ゴメンゴメン。ソラも早く」

「あ、うん」

 どうにかして聞き出そう。僕のことをどう思っているのか。

 でも、ゆっくり行こう。時間はたっぷりある。

 今はとりあえずプールを楽しむとするか。

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