第三十二話『更衣室に女子ノリを求めるのは間違っているだろうか』

 モモがプールに行きたいって言い出したのは、話にすると数話前なんだけど、実際には夏休みに入る前のことだった。

 忘れている人がいたら申し訳ないんだけど、今日はその約束を果たしにきた。

「あ、スミレー」

「モモー! 待たせちゃった?」

「ううん。今来たとこ」

「それは私と仁さんだけです。桃葉さんは菫さんに会うのが待ちきれなくて30分前にはいました」

「アオ! なんでそんなこと言うの。スミレに嫌われちゃうでしょ」

 モモは蒼桜ちゃんに怒るけど、蒼桜ちゃんは飄々と逃げる。

「以前お話ししましたよね? 菫さんに好かれるべきなのは蒼空兄なんです」

「でも、わたしはもう蒼空のことが大好きだよ」

「…眩しい」

「おアツいですねぇ。これで蒼空兄がこれに応えていたら。はぁ…」

 モモは目を覆い、蒼桜ちゃんは溜め息を吐いた。

 そこで蒼空が遅れてやってきた。

「菫! 円花ちゃんと三人分のチケット買ってきたよ」

「ありがとう蒼空」

「あ、この子がマドカ?」

「そう。蒼空の従兄妹」

「金色のお姉ちゃん。『ぎゃる』ってやつ?」

「んー、金髪は好きだから染めてるだけで、ギャルのつもりはなかったかな。ウチ、どういうことすればいいかわかんないし」

「そっか、でも似合ってるよ」

「ふふっ、ありがとね」

「それで、そっちはくるくるしたお兄さん」

 円花ちゃんは仁君の事を指差してそう言った。彼女は人を髪の毛でしか識別できないのだろうか。彼の天パに反応した。

 じゃあなんでわたしはエロいお姉ちゃんなんだろう。わたしの髪の毛そんなにエロい?

「それ言いにくくないか? 仁でいいんだぞ。でもそれだと蒼空と被るか…そうだな、仁兄さんにしよう」

「くるくるお兄さん、これがきゃら個性だっておとうさんが言ってた。人と同じだと呑まれるぞ、だって」

 さらに追い打ちをかける。

「おにぃから聞いたよ。くるくるお兄さんはおねぇと同じ役割で、おねぇが一人いれば十分だから滅多に出てこないって」

「ぐっ…」

 仁君にクリティカルヒット。

「そんなとこにしといてあげて。さ、せっかく来たんだし早く入ろう」

 蒼空がその場を収め、一行いっこうは入り口に向かった。


 男女に分かれて更衣室に入る。わたしは決めていた。元々来る予定のなかった円花ちゃんを、急遽参加させたのには理由がある。家に一人で留守番させるわけにはいかないからという建前で、わたしとの圧倒的な差をわからせるために連れてきたのだ。

 とはいえ、際どすぎただろうか。

 あ、水着の話です。

 蒼空を虜にし、円花ちゃんに圧倒的な差を見せつけるためにと購入したビキニ。

 目標の達成のため、どうしたらいいかと店員に協力を仰いだら、流されるままにこれを買っていた。流石プロ。当時はこれが最善手だと思わされてた。当日れいせいになって悪手に変わった。

 他の三人はもう着替えを始めている。わたしは観念してシャツに手をかけた。

 水着のことでいっぱいいっぱいだったわたしは、背後のモモに気づかなかった。

 そして彼女はわたしの胸を鷲掴みにした。

「…っ」

 ここで『ひゃんっ⁉︎』なんて言うほどわたしははしたなくない。期待してたみなさん、ごめんなさい。

 そして一揉み、二揉み…

「ひゃんっ⁉︎」

「え、そこで声出す? もしかしてウチ、変なとこ触っちゃった?」

「ち、違くて。我慢できなかったの! モモの手つきいやらしすぎるよ」

「だってスミレのがおっきかったから。アオもそう思うっしょ?」

「はい。ところで菫さん。胸が浮く関係で巨乳の人は泳ぐのが下手だと聞きます。せっかくプールに来たんですから、泳ぎたい胸いらないですよね? 片方でいいのでください」

 どうしてそれを真顔で言えるの。

「やだよ! 片方Dでもう片方…」

「B(本当はA)です」

「ってバランス悪くない?」

「そう思うなら両方ください」

 やだ。これは蒼空への武器にするんだ。こうなったらビキニも武器に変えてやる。

 わたしは蒼桜ちゃんを無視してカバンからビキニを取り出した。

「え、待ってください! 菫さんビキニなんですか⁉︎ やりますねぇ。流石です。円花ちゃん呼んだのもそのためですか? 本気なんですね。なら今はその胸いりません。存分に使ってください! それで白なんですね。清楚感があっていいですよねぇ。菫さんにピッタリです! 嗚呼、私もビキニが似合うバストが欲しかった」

 蒼桜ちゃん、高低差だよ高低差。DとBもそうだけど、蒼桜ちゃんのテンションも凄い差だよ?

「ところでアオはどんなの持ってきたの?」

「聴きたいですか? 何の面白味もないですよ」

 そう言って取り出したのはこの前蒼空に見せてた水着。

 白と水色のワンピースタイプ。

「胸がなくても似合う水着ってこれじゃないですか? はは…」

 め、目が死んでる。

「あたしもおんなじ!」

 そう言って円花ちゃんはバッグから赤に白の水玉模様のワンピースタイプの水着を取り出した。

「大丈夫です。ここまで見越してましたから。やったね円花ちゃん。お揃いだ」

 物語においてキャラ被りは禁忌。ヒロインが100人くらい出てくるハーレムものならまだしも、女子が四人しかいないプール編で水着が被ることなんてほぼない。

 最年少の円花ちゃんがワンピースタイプを持ってくることは想像に難くないけど、それをわかって持ってきた蒼桜ちゃん。泣ける。

 足して二で割ってCにしてあげてもいいよ?

「本当はもっといいのがあったんだけどね、おとうさんが『幼女が大人っぽい服を着ると、服に着られてイタいだけだから、自分に合ったやつにしなさい。これはそれまで俺が取っておくから』って代わりにこれくれたの」

(((最初どんなの選んでたんだろ…)))

 そうだった。この子枠は幼女なのに、思考は痴○なんだよね。

 まさか蒼桜ちゃん、そこまで考えてたの⁉︎

 蒼桜ちゃんを見る。

(よかったぁぁっ!!)

 とバッグをのぞいていた。

(先にこれ出さなくてよかったぁ。永遠に封印だね。だって、を私が着ても、水着に着られるだけだもんね。イタいだけだもんね)

「金色のお姉ちゃんは何持ってきたの?」

「ウチはこれ。黒ビキニ」

(黒ビキニっ⁉︎)

 あ。蒼桜ちゃんが反応した。

 本当はこういうの着たかったのかな。

「よかったら交換しよっか。白だけど、こういうの着たかったんだよね?」

「いいんです。BにはBの仕事があるんです。需要があるんです! 一つの作品には巨乳と貧乳の二人が必要なんです。ヒロインが巨乳なら次に出てくる女性キャラは貧乳って決まってるんです! 私の貧乳は生まれた時から決まってたんだぁ…」

「蒼桜ちゃん、落ち着いて」

 精一杯なだめる。

「DにBの気持ちがわかってたまるもんですかっ! このお○ぱい星人!」

「それ意味違うからね⁉︎」

 誤・それを持ってる人。

 正・それが好きな人。

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