第31話『遠いようで近い、4親等』

 円花まどかちゃんというか、僕は十文字家が苦手だ。

 叔父の誠司せいじさんとその妻のらんさん。二人はまだまだ仲が良く、ああいう幸せもあるんだろうが、僕には難しい。

 付き合うと一口に言っても、そこには多くの種類がある。

 一人の相手だけを愛すと誓い、結婚を前提に付き合うカップルもいるだろう。

 クリぼっちは嫌だから、誰でもいいから付き合いたいというカップルもいるだろう。

 意外と後者の方が長続きしたりするから、人生ってわからないとよく言う。

 本人達がどう思っているのかは知らないが、僕から見て二人は後者だ。

 誠司さんと蘭さんは夜の東京でナンパして(されて)バーに行ったのが始まりだ。

 そこから連絡を取りあって定期的に会い、彼曰く気づいたら結婚してたそうで、今では七人も子供がいる。

 そんな彼らでさえも僕の父正弘まさひろより早くは結婚できなかった。

 父と母が高校で出会ったのに対し、誠司さん達は出会うのが遅れたのが主な理由だ。

 故に十文字家の長女より市東いちとう家の長男の方が年長であり、彼女が生まれてからの九年間、よく面倒を見てきた。

 人数が増えるとそれぞれに割ける時間は減ってしまう。

 しかし円花ちゃんは長女だから、短期間とはいえ唯一僕を独占できた。

 今となってはあの時に誠司さんから隔離し、その毒牙から守ってあげるべきだったと思うが、当時僕は九歳。今の円花ちゃんと同い年であり、今のような思想は持っていなかった。

 そして順調に誠司さん色に染まり切っ(てしまっ)た円花ちゃんは、十分に僕の敵へと成長を遂げた。

 目の前で美味しそうに麦茶を飲んでいたとしても、気が抜けないのである。


 ぷはっ、と息を吐いて空になったコップをテーブルに置く円花ちゃん。

「おかわり」

「暑いもんね。ちょっと待ってて」

 僕が台所に向かうと、円花ちゃんは思い出したように言った。

「そうだおにぃ、おとおさんがおにぃに渡してって」

 カバンからビニール袋を取り出し、渡された。

 中には二つのものが入っていた。一つは紙。そこに、誠司さんの字でこう書いてあった。

『円花を泊めてもらうってのに、礼がなかったと思ってな。最近の高校生がどんなの好きか知らんから、俺が高校生だった頃に欲しかった物入れといた。使ってくれ。P.S.円花はちょっと騒ぐだけで起きるから、夏休みが終わるまで我慢してくれ。もし無理ならその日だけ帰すから』

 もう一つは…まぁ、言う必要ないだろう? そんなに気になるなら『今度』教えます、なんて思ったり。

「円花ちゃん。誠司さんにコレ突き返して『余計なお世話だ』って言っといて」

「でも、おとおさん『サイズが合わないから返されても困る』って言ってたよ」

 はぁ…そんなに高くないとはいえ、せっかく買ったものを捨てるのは勿体無い。一応取っとくか。

「その代わり、僕は図書カードが好きですって言っといて」

「うん、わかった!」

 どうせまた同じことするんだろうけどさ。

「円花ちゃん、どうして家に泊まろうと思ったの? 今の君くらいの年齢だと、家が恋しくなるものだと思うんだけど」

 円花ちゃんは答える。

「嬉しかったの。おにぃはかっこいいからモテモテなんだろうなぁって思ってたのに、なかなか彼女作らないから。やっとおとおさんにとってのおかうさんが見つかったんだって。そしたら、見に来るしかないじゃん。おにぃの家なら寂しくもないし、エロいお姉ちゃんも優しいし。あたしが泊まるのも不自由ないし、おにぃを任せるのも大丈夫な気がする」

「菫とはそんな関係じゃないんだって…」

「おにぃ。昔の恋を引きずるのも、あのトラウマが怖いのもわかるけど、いい加減自分の心の中に何の感情があるか自覚してよ。エロいお姉ちゃんはいつかその感情を表に出してくれるって信じてるから」

「わかった」

 とりあえずの肯定の言葉を口にした。


 それからしばらくして、菫が戻ってきた。

「電話終わったよ。訊きたかったことも訊けたし、夏休みの目標もできて満足。夕ご飯作るから、蒼空は円花ちゃんと好きなことしてて」

「わかった、けど…なにする?」

「じゃあ、お嫁さんごっこ!」

「円花ちゃん。わたしが代わりにやるから料理作ってくれる?」

 客にやらせるなよ。そんなにお嫁さんごっこがやりたいなら仕方ない。

「僕が料理するよ。二人には早く仲良くなってほしいしね」

「え、あ、うん」

「じゃあ、あたしが旦那さんやるから、エロいお姉ちゃんはお嫁さんやってね」

「え、あ、うん」

 僕はキッチンに向かった。


 野菜を切りながら、ダイニングの声を聞く。

「ね、ねぇだぁりん。今日は久しぶりの休日でしょ? どこかに遊びに行きたいわ」

 菫がぎこちなく言うと

「ハニー、そんなに野外プ○イが好きなのかい? でも僕は移動する時間も君を愛すのに使いたいんだ。今日は一日中ベッドで君を可愛がってあげるよ」

 円花ちゃんがキザっぽく返した。

 ちなみにあれは誠司さんが作った『口説きテンプレート』の一つ。マンネリの妻をその気にさせる方法。

 僕も昔教えてもらい、全部覚えているが、使ったことはない。そうか、その技は君が受け継いだんだね。七人の子供全員に教えたのなら、未来永劫途絶えることはなさそうだ。

「だぁりんの頼みなら…」

「ここで、あたしはお姫様抱っこでエロいお姉ちゃんをベッドに連れて行きました」

 円花ちゃんはパチンと手を叩く。ナレーション終了の合図。

「ハニー、かわいいよ」

 円花ちゃんが菫の首を舐める。

「ひゃっ…⁉︎ 円花ちゃん、ほんとに舐めるの禁止!」

「いいね〜もっとエロい声聴かせてくれよ」

「ちょっ、いやぁっ⁉︎」

 二人が仲良くなって嬉しいよ。

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