第52話『同棲は卑猥に入りますか?』
「おかえり、蒼空」
彼女はリビングで僕のことを待っていた。
「さっきのは、なんだよ」
「あぁ、わたしたちが逃げてる間に、仁くんに作者さんから連絡が来たんだって」
「そうじゃなくて、告白の方だよ。僕のことが好きって、本気なのか?」
一応訊いた。さっきは場に流されただけだと言ってくれたら、どんなに楽か。
「うん。本気だよ」
しかし、彼女は恥ずかしそうにそう言った。
「なんだよそれ。君の好みは僕じゃないんじゃなかったのかよ」
「うん、前はね。でも、今は蒼空のこと好きだよ」
「それは、どういう意味だよ?」
「え、えーっと。異性として、だよ」
血の気が引いた。
だって、僕は今告白をされている。
もし頷けばカップル成立。あんな卑猥な事やそんな卑猥な事をして、最後には結婚する。そうしたら子供でもつくるのだろうか。
そのためには…
ああ、やっぱり駄目だ。ありありと想像できてしまう。きっと、付き合ったらそこまでまっしぐらだろう。歯止めは利かない。車は急には止まれない。8にも10にも止まらない。だから、走り出しちゃ駄目なんだ。
「ごめん。君も知っていると思うけど、僕は君の好意には応えられないよ」
「うん。知ってる。だから聞いて。さっきのは告白。こっからは、提案」
「提案?」
「うん。わたしはあなたが好き。でも、あなたは応えられない。簡単な打開策もない。わたしみたいに妥協したりできないもんね。でも、あなたが恋愛を避けてるのって、Hな事をしたくないからでしょ? だから、提案」
彼女はここで間を空けた。きっと緊張しているのだろう。それほど、大事なのだ。僕と付き合えるかどうかが。そしてこの提案が、それを決定づけるのだ。
「わたしと付き合ってほしい。でも、Hな事は何にもしないでいい。あなたが嫌と言うなら、手ぇ繋ぐのも、ハグも、キスも、間接キスもしない。もちろん本番も。わたしはあなたと一緒に居れたらそれでいい。でも、それじゃ今と変わってないよね。だから言って。やりたくなったら、やれるようになったら、言って。その時はわたし、キスでも何でもやるから。恋愛拒否を二人でゆっくり治してこ? ほら、アレルギー治すのだってさ、少しずつ慣れさせてくじゃん。最悪、治らなくてもいいよ。その時は籍だけ入れて、今みたいに暮らそうよ。わたし、あなたのためなら理想も子供も諦めるから! あなたと一緒にいられるなら、諦めてもいいって、あなたが思わせてくれたんだから。お願い蒼空。わたしと世界で一番潔白なお付き合いをしてください」
告白、もとい提案。僕にとってはこれ以上ない内容だ。僕は恋愛に興味はあるが、卑猥なことをしたくない。それを知っている彼女はただ同棲だけのカップルでいたいと言っているのだ。受ければ僕にとってのメリットが大きい。でもそれは、彼女の夢を根こそぎ奪っていることに同義。だから、受けてはいけない。彼女は僕のために理想を捨てると言っていたが、それでは駄目だ。だって、あの日聞かされた信念はそんな生半可な物ではなかったはずだ。だから、言わなくちゃ。
恵良菫の理想は立派だ。だからこそ、僕みたいな奴に妥協させちゃいけない。
「ごめん。菫の気持ちは嬉しいよ。でも、僕のことはいいから、好きに理想を追うといい。僕を選んだら、君が幸せになれないよ。それに、妥協するのは君らしくない。自分のキャラと命は自分で守るべきだよ」
「バカっ!!! わたしがこんなに気持ち伝えてんのにまだ日和るか! あなたが何考えてるか知らないけど、わたしはあなたが好きなの! 実はちょっと前から気づいてた。あぁ、わたしは蒼空の事がどうしようもなく好きなんだなって。でも、妥協したらわたしらしくない、って想いに蓋してた。でも、みんなに応援されてやっと気づいたの。わたしの理想が別にあって、妥協してあなたを好きになったんじゃない。あなた自身が、わたしの理想になったんだって。だからお願い。分かって。わたしはあなたと一緒にいる方が幸せなの。今、わたしの理想が目の前にいるんだよ? あなた言ったよね。理想を追ってって。だから、追う」
そう言って彼女は僕との距離を一歩一歩詰めてくる。僕は一歩も動けない。そして、両手で包み込むように僕の手を握る。
「お願いします。付き合ってください。あなたも同じ気持ちで、でもわたしの為に蓋してるなら、その蓋取ってよ。あなたの正直な思いを教えて?」
諭すようにそう言われる。手を握られていることも忘れて、ただ、彼女の優しさに溺れたくなった。
「…の?」
「ん?」
「僕なんかで、いいの?」
「ふふっ。だから、そう言ってんじゃん。あなたがいいの」
場の空気に流される。でもそれでは駄目だ。ちゃんと冷静に判断しなければ。冷静に。冷静にっ!
「じゃ、じゃあ。よろしくお願いします。彼氏として、足りない部分は多すぎるから、君に支えてもらいたい。今は何も返せないけど、絶対、恋愛拒否治して、君の夢も叶えるから」
それを聞いて、菫は泣いているような、笑っているような、緊張しているような、そんな色々な感情が混ざったような顔をする。
「うん! 協力するよ!」
でもやっぱり、『嬉しい』が一番大きかったように見える。
結局、流されてしまった。僕はいつか今日の判断を後悔するだろうか。でも、それでいいのかもしれない。この笑顔を見ている今の僕は、微塵も後悔していないのだから。
「じゃあ、卑猥なことは僕が克服するまでなし、ってことで」
「うん。そうだ、一個訊いていいかな?」
「なに?」
「同棲は卑猥に入りますか?」
僕の答えは、決まっている。
2章へ続く
【次章予告!】
はじめまして。恵良菫です。
今まで『ひわいり』をありがとうございました。お陰で蒼空と付き合うことができました。この場をお借りして、心からの感謝を皆様へ。
さて、ラブコメは付き合うまでが面白いとか、そんな話をよく聞きますが、わたしたちの話は続きます。次章2-1『恵良
読者さんが多忙でも、わたしのことを読んでもらう。
同棲は卑猥に入りますか? 加藤那由多 @Tanakayuuto
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