第15話『柳瀬仁がやってくる(上)』

 話は一ヶ月程遡る。僕がまだ同棲に慣れていなく、桃葉ももはと出会っていなかった、入学式の日のことだ。

 その日僕は、すみれとの同棲を悟られないよう、時間をずらして早く家を出た。

 結果予定よりも随分と早い時間に着いてしまい、体育館に並べてあったパイプ椅子に座りながら時間を持て余していた。

 スピーカーからはBGMとしてさっきから歌が流れ続けている。

 いちねんせーになったーら、いちねんせーになったーら、ともだちひゃくにんできるかなー。

「たしかに一年生ではあるけどさ、小学校で流すべきでは?」

 九年ほどのズレを感じる。

「ひゃーくにーんでたべたいな。ふーじさんのうーえで」

「誰だ歌ってんのは⁉︎」

 驚愕だ。まだ人が少ないとはいえこの曲を体育館で熱唱できる人間がいるとは…

「おー、市東いちとう。ナイスツッコミ!」

「そりゃあそんなことしてたらツッコむだろ」

「いやー、俺一応ツッコミ担当みたいなもんだから一回ツッコまれてみたくてさ。こんな感じなんだな」

「………?」

 一見軽快でノリのいい好青年って感じだが、言葉の端々から見透かされているようにも感じる。

 経験がないわけではない。これは似ている。

「あぁまだ名乗ってなかったな。柳瀬やなせじんだ。お前と同じ1年D組。よろしくな、市東」

「よろしく…って名乗ったっけ?」

「いや、名乗ってはねぇけど俺はお前を知ってるぞ」

「え、僕ってそんな有名人?」

「あぁ、いつか学校中の誰もが知ってる人になる」

「なにその、タイムリープした主人公が幼少期の偉人と話すときのセリフみたいなのは」

生憎あいにく俺もタイムリープはできねぇな」

 と彼は自嘲するように笑う。

「冗談だ。独り言で自己紹介の練習してたの聞こえてたから」

「………そうか。だがな、独り言じゃなくて歌を体育館で熱唱するのもどうかと思うぞ」

「まぁたしかに、この曲って結構やばいよな」

「ん?」

「だって100人の友達と富士山の上で食べるんだぜ? 友達セ○レ100人呼んで、富士山野外でなんて、狂いに狂った性癖だな」

「おにぎりを食えおにぎりを!」

 入学早々する話じゃ無い。絶対に違う。てか、さっきから初対面の相手にツッコんでしまっている。まぁ、初対面の相手に下ネタを言うこいつも大概だが。

「そんなの気にすんなよ。とりあえず、よろしくな市東」

 と彼は手を差し出してくる。

「あぁ、まぁよろしく」

 と握り返した。


 彼と同じく、僕もタイムリープはできないが、もしできるのなら間違いなくこの日に行くだろう。

 そして、彼の手は握らない。

 だって柳瀬仁が市東○○の仲間だってことを、この時知ってるわけないだろう。

 しかし現実では握り返してしまった。思えばあの地獄の日々は、彼と友人になったことが原因だったのではないか。しかし仁のことだ。この日彼の手を握らなくても、いつかは同じようになってしまった様な気がしてならない。


「って考えてるのが俺には筒抜けなんだが、他人の地の文を読むのはなかなかに笑えるな」

 柳瀬仁。クラスメート。

「追記:悪趣味」

 キャラ紹介にこれが載れば、仁を推す人の数は大幅に減るだろう。

「お前人のこと言えないくらい悪趣味だぞ」

 時は現在、桃葉との遊園地での一件も語り尽くしたことだから、そろそろ仁について語ってやろうと思っていたのだが余計なお世話だったらしい。

 語り部は僕なんだからな、僕に嫌われたら出番が減ると思え。

「なら、もう一人の語り部の所に行くから」

 ん、つまり?

「俺、今日お前ん行くから」

「は⁉︎ ごめん無理」

「いや、行くから。一回見ときたいの。お前ん家」

「家主が拒否してるんだから、吸血鬼じゃなくても家には入れないだろ」

 しかし彼はふっふっふっと不敵に笑うとそれを取り出した。

市東次女あおから借り受けた合鍵」

「な…」

 僕は絶句した。

「家の場所は知ってる」

「な……」

「先に行って待ってるぞ。もう恵良は帰ってるだろうから」

「な、なんでそれを⁉︎」

「お前にとっては衝撃の新事実でもここまで律儀に読んでくださった読者さんには既知の内容だから、尺取るわけにもいかなんで…帰るわ」

「おい待て、まだ話は終わってな…」

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