幕間『大切な人の大切な人』

金子かねこ桃葉ももは


 スミレが怒ったのを久しぶりに見た。怒られたのは初めてかもしれない。

 スミレは普段は怒るような人じゃない。でも彼女は、人を馬鹿にする行為を何よりも嫌う。ウチは、ソラはスミレに釣り合わないと勝手に決めつけ、彼のことを馬鹿にしていたのかもしれない。少なくとも、見下してはいた。

 ウチの中でスミレは、全ての人を見下みくだせるくらい高いところにいる人だ。でも、彼女はそんなことはしない。見下みおろしても見下みくださない。優しい人だ。だからこそ、彼女が優しければ優しいほど、ウチの中のスミレはぐんぐん高く登っていく。もうウチじゃ手が届かない。

 スミレは言ってた。ソラを知っているのかと。もしかしたら、ウチが知らないだけで、知ろうとしなかっただけで、ソラはスミレに手が届くのかもしれない。

 スミレに謝りにいこう。そしたら、ソラを連れてまた三人で遊びに行こう。そこで、ウチはソラを知る。そしたら、応援するか決めよう。


 お会計を終えて店を出る。ポツポツと、雨が降りはじめた。

「ヤバ、傘持ってない…」

「あれ、桃葉。大丈夫? 入る?」

 ソラが現れた。手に持った傘を前に出してウチをその中に入れる。

「ウチはいい。そんなことより、ウチより早く出たスミレが心配。多分歩いて帰ってると思うから、追っかけて入れたげて」

 そう言うけど、ソラは首を横に振る。

 やっぱり、スミレは盲目だ。優しくないじゃん。それも条件のはずなのに。

「それじゃあ、桃葉が濡れるだろ。これ貸すから、お前がすみれを追って」

「ソラは?」

「僕の目的地はすぐそばだから、走ってくよ」

「そう…じゃあ、お言葉に甘えて」

 ウチはソラから傘を受け取ると、スミレに向かって走りだした。ソラと、反対の方に。


 スミレにはすぐ会えた。途中で立ち止まって雨宿りをしていたからだ。

 服は薄く透け、髪はしっとりと濡れている。ソラを来させないで正解だったな。

 でも、話しかけんのちょっと気まずい。

 小さく「よし」と呟いて気合いを入れる。

「スミレ! さっきはごめん。一緒に帰ろ? できれば、その間にソラのいいとこ教えてくんない?」

 スミレは少し微笑むと傘に入る。

「回り道しないと終わんないよ」

「望むところ」

 ウチの大切な人と、彼女の大切な人の話をしながら、帰っていった。

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