第25話 不時着船【希望編】
「あれ……」
会話が止まってしまい、なんだかぎこちなかった短い時間も終わりを告げた。
荒野へ続く岩の坂道を上って、やっと斜面が終わった時、広がって見えた荒野の先に見慣れた宇宙船が見えたのだ。
遮蔽物がない広大な世界を見下ろせる高さの場所に立つ。
地面に突き刺さっているように見えるが、船体の前方がくしゃっと反っているために、そう見えるだけである。止まっているその場所まで引きずった痕があるので、宇宙船は単に滑って勢いを無くし、止まったのだろう。
「待って、弥! 慎重にいくわよ、誰が待ち伏せしてるか分からないし……っ」
と、プリムムが言うが、彼は既に聞いていない。
怪我のせいで走りはしていないが(できないが)、早歩きで、宇宙船がある開けた荒野へ続く下り坂を進んでしまっている。
「――っ、もうっ!」
彼女も慌てて弥の後を追う。
凹凸の多い地形だった。そのため、宇宙船までの、決して長くはない距離を踏破するのにもかなりの体力を使った。怪我人には結構きつい。しかし、インターバルを長い時間、挟まなくとも再び動き始めることができたのだ、体力も徐々に戻ってきている。
そして、見えた宇宙船は意外と下の方にあったらしい……、身長以上の段差を何度か下りて、弥が乗っていた宇宙船の元へ辿り着いた。
扉は、はずれたままである。窓ガラスは当然、割れてしまっていた。
見た目は、ほとんど全壊に近い。
「……これで、帰れるの?」
プリムムが言った。弥は、すぐにはなんとも言えなかった。
内部にあるエンジンなどが完全に壊れていなければ、可能性はある。だが、見た目がこうも壊滅的に破壊されているとなると、たとえ内部が生きていても難しいだろう。
もしも上手く動き、飛び立ったとして、このひび割ればかりの船体のまま宇宙空間に出れば、その時点で弥は死ぬだろう。
宇宙空間に出る以前に、飛び立った際の衝撃に船体が耐えられない気がする……。
空中分解してしまうだろう。
やってみなければ分からない、とポジティブに考えるにはリスクが大き過ぎる。
「無理だと思うんだけど……」
「まあ、見てみよう」
ダメ元でも、一応は見るべきだ。この損傷状態では、飛ぶことはできなさそうだが、隠れ家としては使える。つまり、弥のクラスメイトがいるかもしれないのだから。
――果たして……、
……いた。
クラスメイトが、一人だけ。
ただし、彼の名は、
『ッ!?』
驚きに硬直してしまったのは弥だけではない。彼もまた、咄嗟に身動きが取れなかったのだ。
邂逅した二人の、静まり返った空間を壊したのは、彼を呼びかけた少女の声である。
「ハジメー。燃料、ぜんぶ漏れ出てるみたいだぞ」
瞬間、弥の顔が引きつった。
船内の床には大きな穴が開いていたのだ。それ自体は別にいい、窓ガラスが割れているのだから、穴の一つや二つ、開いていない方が珍しい。
弥が思わず逃げ出したくなったのは、まるでその穴からモグラ叩きのモグラのように顔を出した、ターミナルがいたからだ。
「弥? 誰かいたの?」
そして、彼の後を追って船内に足を踏み入れた最後の一人——、プリムムがこの場に現れたことで、二つのコンビが顔を合わせた状況になる。
少女たちはまだ声を出せていた。が、少年二人とそう変わらない反応だろう。
『あ』
時が止まったかのような沈黙であった。
誰もがこの状況に驚いていたが、一人だけは望んでいた出会いでもある。
硬直が解けるのも、彼が一番早かった。
「よお、わた――」
る、と言い切る前に、背中を強くばしばしと叩かれた。
立ち直るのが一番早かったのは一であったが、二番目ながらもそれを追い越した少女がいたのだ。一よりも前に出て、ターミナルが弥を指差した。
「ハジメっ、こいつがわたしの探してたオトコだ!」
探していた? と弥は疑問に思う。なにか用でもあるのだろうか? と。
忘れかけていたが、用がなくとも恨まれる理由はあるのだ。出会い頭にサーベルで斬りつけてこないだけマシだろう。それをされてもおかしくないくらいの殺し合いをしたはずなのだ。
プリムムを装備した時の砲撃は、本当に彼女を消し飛ばしてしまいそうだった。
あの後、痕跡から逃げていたというのは分かっていたが、見た目に傷もなさそうだ。いや、傷はすぐに修復するのか。もしかしたら修復済みのために見た目には分からないが、あの一撃が掠っていたかもしれない。
見た目も中身も少女であると、そういった人間離れした特徴を忘れかける。
……まあ、修復されるからと言って、傷つけてもいいわけではないのだけど。
弥の方も、時間と共に硬直から脱していた。
ターミナルの指は、未だに弥に向いたままである。
「あの時とは違うぞ……」
どうやら、彼女の心に深く刻み込まれた一発となっているらしい。
であれば、あの砲撃は放った甲斐があったというものだ。
しかし、刻まれてはいてもそれがトラウマとなっているわけではない。
自信を取り戻していた。
彼女の背後を見れば分かる。ターミナルの余裕がある表情の理由、プリムムのあの砲撃があると知りながらも強気でいられる自信の源。それは、一の存在だ。
彼、単体の力も評価するべきだが、それ以上に、ターミナルを装備した場合、弥とプリムムの前例があるので元々の彼女の能力が桁違いに上がることは確実だろう。
……まずいな、と冷や汗をかくが、表情には出さないように努める弥だった。
諸事情により、彼はプリムムと装備ができない。
あの時と立場が反転する。
ターミナルを装備した一に、一方的に攻撃される羽目になる。
「……知り合いじゃないの?」
警戒をする弥を見て、プリムムが疑問を小さく口にする。弥にしか聞こえない程度の声だったし、ターミナルがやかましいので一には聞こえていないだろう。
弥は肯定も否定もしなかった。
クラスメイトなので知り合いではあるだろう、だが、友人かと言われれば、頷けない。
しかしかつてのことを含めれば、友達であった。
所詮は同じグループに属していた、というだけのことであるのだが……。
「勝負だ、プリムム。そのコアはわたしが貰う。
そしてそのオトコも――気が済むまでこき使ってやるからなっ!」
まだ根に持っている。まだ、というか日も浅いので、そう言っていい段階でもなかった。彼女にとっては自分を対象にしたプレゼンをして、蹴られたのだ、自信の塊は呆気なく砕け散っている。弥にこだわる理由は、ただの復讐――であれば話は簡単だが。
どうにも、まだコンビを組むことが頭の中にある気がする。
こき使うと言いながらも手元に弥を置こうとしていることから推察する。
一がいるのだから弥はいらない気もするが……、この全てが弥の思い上がりであればどれほどいいか。勘違い野郎として痛手を負う方がまだいい。
ターミナルとの装備は気が進まない。
というか、弥の中の前提として、ターミナルは嫌いである。
「ほんとに嫌いなんだね……」
ぽつりとこぼしたプリムムの言葉に、思わず否定したくなるが、本音はやはり、嫌いである。
あの性格は、根本的に弥とは合わないのだ。
「む。……なんだその鬱陶しそうな顔は」
と、ターミナルに気づかれた。どうやら弥の顔に出ているらしい。
嫌いなやつを目の前にした時の、絡みが全て面倒に思える無駄な時間を感じた表情だ。
分かりやすく、舌打ちをした。
「な、なんだその態度! おまえ、わたしのことをバカにし過ぎじゃないか!?」
「お前、いい加減黙れ」
ゴンッ、と、ターミナルが突然お辞儀をしたと思えば、後頭部から殴りつけられたのだ。鈍い音は彼女の骨の音だろう。脳みそが揺れて、ふらふらと足取りが不安定になるが、すぐさま平衡感覚を取り戻す。涙目になりながら、後頭部を両手で押さえて振り向いた。
拳を握っているのは一であり、殴ったのも当然、彼である。
「な、なにす――」
「喋り過ぎだ。同行を許してやる条件を忘れたのか?」
暴力に見えるだろうが、彼の中にも線引きがある。この場合、誰か、とその方法に、彼なりの区別があり、女子に振るう暴力とはカウントしていない。
ターミナルへ向けた、教育である。
その際、少し肉体的な衝撃を与えただけだ。
なので暴力ではない、という彼のルールである。
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