第17話 捕食者【プロローグ/2】
そこで、一のことを話題に出しそうになって、咄嗟に口を閉じた。……言ったら、まずいかな……、オリカなら問題視はしなさそうだけど……、なんて思っていた時だ。
地響き、である。
ルルウォンとオリカがいる、この一帯だけが、集中的に揺れている。
やがて地面に亀裂が入る。
それが蜘蛛の巣状に割れていき、足場が崩れそうになった。
「――悪い、ちょっと怖い思い、させるぞ」
オリカが、ルルウォンの腕を掴んで引き寄せる。
腕で抱き、崩れる足場から後ろへ、一歩で逃れた。
そして長剣を構え、大地が崩れてできた大穴を見つめる。
そこになにかがいる。ルルウォンの体に、寒気が走った。
見えないが音だけが伝わっている。——カサカサと、蠢く長物が、遂に姿を現した。
「っ!」
黒光りする体、およそ数百本と見える足。
胴体が長く、穴から這い出たそれの終わりが、まったく見えてこなかった。
先頭にある一際大きな頭には、顔の半分を占める口がある。
牙が敷き詰められており、頭の先にある顎に掴まれれば、牙の餌食になってしまうだろう。
ルルウォンはオリカの服を力強く掴む。
目を瞑って、顔を彼の胸へ押しつけた。
「あー、安心しろって。おれが守ってやっから」
ぽんぽん、と頭を撫でられ、それのおかげで震えていた体が落ち着きを取り戻す。
しかし、まだ直視はできなかった。
見てしまえば、抱く嫌悪感もそうだが、明確な『捕食されるイメージ』が頭の中を支配してしまう。彼女たちにとっては、捕食者は最大の天敵である。
「ひでえもんだぜ。お前らの本能的な恐怖は作られたもんなんだからな」
捕食者は、アーマーズを好んで捕食している。
元を辿れば、人間が、アーマーズを与え続けていたからである。
つまり、スケープ・ゴート。
生け贄、とも言う。
彼は、腕の中のルルウォンをさらに力を入れて抱きしめ、片手で長剣を構えた。
目の前の捕食者は、手負いであると知っている。
「次は逃がさねえよ。壁の近くでも生徒がきちまう可能性がこうして証明されちまった以上、野放しにはできねえからな」
オリカがたまたまこうして壁の近くにいたのは、捕食者の退治である。
一度、目の前の捕食者とは遭遇しており、その時に深い傷を与えている。
回復し切っていないのは、さっきとは違うぎこちない動きで分かった。
二度も逃がすオリカではないし、逃がすわけにもいかない理由がある。
一度目に逃がしてしまったのはただの油断だったが、どこで誰が餌食になるか分からない以上は、今、二度目の油断はしない。
本来ならば生息しているはずもない捕食者だが……原因に心当たりがある。
恐らく、生息地から移動せざるを得ない状況に陥ったのだろう。
であれば、各場所では影響が出始めているのだ。
のんびりもしていられないな……。
状況は意外と早く進行しているのかもしれない。
「――終わったぞ」
と、耳元で声をかけられ、ルルウォンが目を開けた時、自立していた長物の捕食者が、ぐったりと地面に横たわっていたのが見えた。
結局、体の最後まで、穴から出てくることはなかった。
どれくらい長いのか、見届ける気はないが、多少の興味はある。
ぴくんっ、と捕食者の部位が一瞬だが動いて、ルルウォンの顔が蒼白になった。
再び顔を彼の胸へ埋める。
気を紛らわせるために考える。
……気になるのは、オリカがどうやってこの捕食者を倒したのか、である。
「頭だな。どれだけ体が長くても、弱点は一点しかねえし。ああ、他の部位が動いていたりするのはただの余韻だな。次第に収まる。……どうせ怖いのは喰われることだろ? 頭さえ切り落としちまえば、喰われることもないしな――」
「…………」
「もう大丈夫だ、安心しろ」
ルルウォンは、なかなか、しがみつくその手を離せなかった。
「まあ、仕方ねえか。
捕食者と遭っちまえば、全員がこうなる。お前も一緒の反応で、少し安心した」
勝手な想像だが、こんな時でも笑顔が絶えない
そこまでいくと感情が豊か過ぎて、逆に心がないように思えてしまうのだ。
「八方美人がえらく人間臭くなったよな? そっちの方がいいぜ。もっと本音を言えばいいんだよ――って、説教する気はねえから気にすんな。決めるのはお前だしな」
ついさっき、似たようなことを言われた気がする。なんなんだ、どいつもこいつも。人の心の中を荒らしていって、今のままでは、なにかいけないのだろうか?
みんなのことが大好きで、困ることでも?
そんな苛立ちも、捕食者の前では全てが恐怖に塗り替えられる。
ただ、今に限っては、その存在はおおいに助かっている。
―― ――
懐に感じた振動に足を止めた男がいた。
スーツの胸ポケットから
当てた側の頬には、顔半分を覆う
「……そうか。だが、これで終わりではないだろう。
あちこちから湧き出てくるはずだ。正直、私たちでは手に負えん数になるぞ」
電話の先にいる弟には、その捕食者の退治を頼んでいたのだ。
「全部、か……だが、現実的ではないな」
弟の理想論に、思わず溜息が出る。それができるならやっている。
青くなっている坊主頭を指で掻き、彼はガラス張りの建物から外を見た。
倒しても倒しても増え続ける捕食者に、辟易しているところだったのだ。
「見捨てはしないさ。……どこかで喰われでもしたら困るからな」
とりあえず退治を続けろ、と命令し、彼は電話を切る。
水中ゴーグルのようなメガネの中にある瞳は、遠くを眺めていた。
彼の展望は、赤いコアを持つ、覚醒したアーマーズである。
「喰われる前に、回収しなければならないな」
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