第15話 コア【part/end1】

 今ここは、彼女たちアーマーズが戦いをおこなっている戦場になっている。


 長居をすれば当然、見つかり、狙い撃ちにされるのだ。プリムムの指摘はもっともだ。


「そうだね。装備はどうする? 一旦、解こうか?」

『寂しいと思うならこのままでもいいけど?』


 背中に抱きつかれている状態をやめるのは少々もったいないと感じた。


 咄嗟に否定しようとして、しかし全てが明け透けに思考が漏れているのだと思い出す。

 強がりは意味がない。けれど弥はこの状態を解くことを選んだ。


「この状態じゃあ、プリムムのことを見れないよ」


 背中にいることで彼女が優勢に振る舞えているのを、弥は勘付いていたのだから。


「互いに顔を合わそう、それでおあいこだ」


 そんな弥の反撃に、今度はプリムムが狼狽える番だった。


 ―― ――


 少女は一心不乱に走り続ける。

 ただ前だけを真っ直ぐに見ながら。


 そのため、飛び出した大木の根に躓き、派手に転んでしまう。

 顔面から地面に突撃し、土が頬にべったりとついていた。

 それを拭うこともせず、彼女は再び走り出す。


 死にたくない。

 彼女の頭の中はそれだけである。その六文字で埋め尽くされていた。


 いくらコアが無事であれば替えが利く不死の体であるとしても、触れれば全てを消滅させてしまう攻撃に恐怖を感じないわけがない。


 まだ体は震えている。

 歯がカチカチと音を立てていた。


 なんだあれは。

 直視できない光を放つ、巨大な球体を思い出す。


 近くにいるだけで体が蒸発していくイメージを見せられた気分だった。


「ッ!?」


 ふっ、と浮遊感があったと思えば、足裏が地面を踏まなかった。

 そこに、地面がなかったのだ。


 崖、と言うほど高くはない。

 だが、三メートルほどの落差に気づかず、足を踏み出してしまったのだ。

 彼女の体は躊躇なく落下し、凹凸のある傾斜を転がっていく。


 彼女が止まったのは大木に背中を打ち付けたからだ。


 大木は微動だにしない。枝先の葉が揺れたりもしない。

 その小柄な体が与える影響は、たった一枚の葉さえも枝から落とすことができないのだ。


「…………うぅ」


 すぽんっ、と栓が抜けたように、思わず弱音が吐き出された。

 彼女は体を起こし、よろよろと不安定な足取りで前へ進む。


 彼女が探しているのはこれまで行動を共にしていた、取り巻きの三人である。


 こんな弱々しい姿など決して見せたくない者の筆頭ではあったが、そうも言っていられない。

 今は誰かに縋りたい気分だったのだ。そうしなければ自分自身が壊れそうなのだ。


「あれ? ターミナル?」


 ――唐突に、ボリュームのある赤い髪の少女とばったりと出くわした。


 これはただの偶然であるが、大きな痕跡から逃げてきたターミナルと、それを目指しているルルウォンが出会うのは、低い確率ではなかったのだろう。


 今、弱っているターミナルがプライドを取り戻したのは、ルルウォンから連想された、彼女の顔を思い出したからだ。


 プリムム。

 黒く渦巻く感情の捌け口として、目の前にいるばったりと出会った少女が選ばれた。


「――ぶっ殺してやる!」


 え、えぇっ!? と戸惑うルルウォンへ、出現させたサーベルを振るターミナル。


 隙は大きく、彼女の盾でも簡単に防げるものではあるが、すぐ傍にいた彼は、ターミナルの手首を掴んで剣を奪い取った。


「危ねえな、こんなもんを振り回してんじゃねえ」

「あ、はじめ、奪い取っただけじゃ――」


 ルルウォンのアドバイスは一瞬遅く、ターミナルに奪われ返されないように高く掲げていたサーベルは、彼の手から感触を奪った。

 次には、ターミナルの手に収まっている。


 剣の瞬間移動ではなく、出現のオンオフである。

 一度消し、再び出現させれば、ターミナルの手の中に現れる。

 剣は決して無くなったりしないのだ。

 ターミナルと剣は、切っても切れない関係性である。


「があッ!」


 まるで猛獣のような叫びが上がった。

 そして、再びサーベルを握ったターミナルの、乱暴な刺突である。


 反応して顔を横にずらした一だが、頬にぴっ、と横線が刻まれた。


 彼の字でもある、一文字である。


「チッ、こんの、じゃじゃ馬が……ッ!」


 一の指先が首元のコアへ伸びる。彼が持つ流儀のせいで、ターミナルに攻撃ができないのだ。

 いつ破ろうが誰も咎めない自分ルールだが、だからこそ破るわけにはいかない。


 自分で決めたことすらできないやつが、なにを守れると言うのか。


 伸びた一の指は、しかしコアに触れなかった。

 ターミナルの体が、がくんと真後ろへ倒れたのだ。

 彼女の踵が再び、飛び出した根に躓き、後頭部から地面に落下する。


 足下へ注意が向いていなかった。それはターミナルらしくない、とルルウォンは思っていた。

 じっくり見れば彼女は土だらけで、自慢の機動力もあまりない。体力的に――も、あるかもしれないが、それ以上に、精神的にボロボロであるように思えた。


 それは確信に変わる。


 フラフラになりながら立ち上がったターミナルは、下唇を噛みながら、今にも決壊しそうな感情を抑えていた。


 潤んだ瞳を見て、敵意が一気に萎えた一が、がしがしと頭を指で掻く。

 ルルウォンへ視線を向ける。


 彼女もこの状況にどうしたらいいのか分からず、あははー……、と笑うだけである。


 がくん、と膝を地面につけたターミナルは、もうがまんの限界だった。

 ぼろぼろと、両の瞳から溢れ出すものがある。


「あわわっ」


 ルルウォンが戸惑い、一は珍しく表情が引きつっていた。


「うぁ、……ぁああ、ぁあああああああああああうっっ!」


 羞恥心を捨てて感情を爆発させる。

 もう彼女の中に、プライドはなかった。


 優等生だとか、負けず嫌いだとか、一番でなければならないとか――。

 色々と抱えていたプレッシャーから解き放たれ、彼女は年相応にわがままを貫き通す。


「おい……どうすんだよこれ……」

「どうするって……頼られたのははじめだし、どうにかするしかないんじゃない?」

「つってもよぉ……」


 子供の面倒など見られない。

 そう言う一だが、ターミナルは同い年である。


 そして彼女は、一の制服を、ぎゅっと指で掴んで離さなかった。


「へえ、はじめには泣き落とし、結構効くのかもねえ……」


 にやりとルルウォンが笑みを見せ、引っ込んでいた一の威圧が一時的に戻った。


「お前……、ぶっ飛ばすぞ……っ!」


 しかし言葉と共に、ターミナルの泣き声が増したので、すぐに引っ込むことになった。

 

 ―― ――


 彼女たちのコアの色には理由がある。


 緑色はアーマーズとして生まれた誰もが、その色である、一般的なものである。


 それが青色へ変わる時は、装備された時だ。

 彼女たちが一人前と呼ばれるようになるのは、この色になった時と言えるだろう。


 そして、もう一つの色がある。

 現在、一つも確認されていない色は、赤色である。


 かつて、存在はしている。今の時代においてその色へ成った者はいないというだけだ。

 統計を見れば、一〇年に一人、そのコアを持つ者が現れる――。



「――弥ッ!? ちょっと、しっかりしてよ、弥ッッ!」


 体に亀裂が入り、血を噴き出した弥が倒れている。

 彼の意識が落ちるのを止めようと、必死に彼に声をかける少女がいた。


 装備できた、強大な力を持った、だが相応しくなければ、淘汰されてしまう……。


 彼は、きっと選ばれなかったのだ。


「弥ってばぁッ!」


 単純な話だ。

 ――弥は、プリムムの能力に、耐えられなかった。


 真っ赤に染まる視界の中、途切れる意識の中で彼が見たのは、まるで今の自分のように、赤く輝く、プリムムのコアである。



 誰かが言った。


 選ばれなかった者は、早々に舞台から降りるべきである。

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