第14話 進化【倒壊編】
ターミナルに誘われた『噂』だ。
ただの噂、都市伝説、その程度の信憑性であるし、存在していたとして、実際にできるとは限らない。不確定なそれを勝利への足がかりにするには賭けである。
ターミナルのせっかくの交渉を蹴るには、可能性が少な過ぎる気がした。
だが、プリムムは言った。
彼女の口からは到底、出そうにもない返事である。
「……はい」
二人は手を重ね、ぎゅっと握り締める。
それから先はあっという間だった。
弥の胸にいたプリムムの全身が、青い粒子となって消え、同時に弥の体に無機質で機械的な破片が装着されていく。
ジグソーパズルのように、銀と緑色のピースが彼の体を埋めていく。
そして、顔以外が強固な鎧によって守られていた。
両腕が動く。骨折だけではない、体のダメージが、嘘のように癒えていた。
「装備、した……」
これがアーマーズ。
鎧少女の本来の姿である。
「……っ、ッッ!?」
と、急に動揺し始めた弥にターミナルが怪訝な顔をする。
彼女には気づきようもない。なぜなら異変は彼の背中にあるのだ。
実際の背中ではない、彼が感じた、感触の話だ。
『し、仕方ないでしょっ、こうしなくちゃこの状態を維持できないんだからっ』
「だ、だからって――」
弥の脳内には、守りたかった、一人の少女の声が響いていた。
思うだけで会話が成り立つのだが、慣れていない弥は声に出してしまう。
つまり、思っただけでも伝わるのである。
『……そうよ、当たれば私にも、あるのよ?』
声に出さなくとも伝わる、というのは、失言も全て伝わってしまう。
背中に直接、押しつけられたプリムムの胸の感触も、弥はよく分かってしまう。
鎧を纏う、それはプリムムを纏っているのと同じことだ。真っ暗な、なにもない空間でプリムムが弥の背中に抱きついている、というイメージを、弥はしている。
それがそのままプリムムが見ている視界なのだ。
なぜか、裸同士で、だ。
「わ、分かったから、あまり押しつけないで……」
『私にも、ある、ってことをきちんと覚えておきなさい』
胸だけではない、耳元の吐息も、なんとかしてほしい。というか、触れ合っている全てに言えることであった。体温が、彼女の指先が、肩に触れる髪の毛が、その全てが弥の理性を弄ぶ。
幸いにも実際は鎧であり、プリムムの姿がないのが救いであったが。
まともではいられない。だが、ターミナルの存在が現実へ連れ戻してくれた。
戦闘中である。危機はまだ、回避できたわけじゃない。
「……フンッ、装備できる、その確認ができただけでも収穫はあったわけだな」
『嫉妬してるわよ、あれ』
プリムムの声はターミナルには聞こえていない。
弥にだけ、ターミナルと会話をしながら、副音声が聞こえている状態だ。
一つの言動に解説が入ると、ターミナルの強がりも丸裸にされていくので、可哀想に思えた。
弥が顔に出さなければいいのだが、しかし意識しても彼は顔に出る。
哀れみの表情は、ターミナルの琴線に触れてしまう。
「……なんだ、その顔は」
「いや、なんでも……。あんまり喋らない方がいいと思うよ」
かちんときているターミナルには、なにを言っても挑発にしか取られない。
まともな問答が成立せず、ターミナルのサーベルが向けられた。
「落ちこぼれが装備されて、やっとまともになるなら戦いやすい」
彼女たちには圧倒的な実力差があった。
それがこれで埋まるというのであれば、装備して拮抗するだろうと考えているのだろう。……弥は不安であった。その不安は、パートナーのプリムムにも伝わってしまっている。
『大丈夫よ』
彼女は確信を持っていた。
弥の不安は、ターミナルの発言とは、真逆のものである。
『一割の力で、ちょうど良いと思う』
これは彼女の能力である。であれば、彼女の感覚が、正解である。
硬質なグローブをはめたような感覚である。
そんな手の平を見つめ、ひび割れのように曲がった線が中心に集まっていた。
真ん中には銃口のような穴。……ゆっくりと、手の平をターミナルへ向けた。
一割の力。
それは感覚的に、額を指で小突くような力加減である……はずなのだが。
手の平に集まる粒子が、小さな球体を作り出し、それが爆発的に肥大した。
高密度のエネルギーが球体の中に溜まっており、液体のように揺れている。
直視ができない光が周囲を真っ白に染め上げる。
まるで太陽をその手に持つような、あり得ない感覚を錯覚していた。
一割の力でいい、などと自分の力を甘く見過ぎていた。
制御できる、と、やってもいないのに確信していたのが油断に繋がっている。
弥は、進化した彼女の能力に、喰われる寸前だったのだ。
『弥ッ、早くその手を離しなさい!』
「ダメだっ! このままじゃ、あいつにまともに当たるぞ!」
弥からは見えないが、目の前にはターミナルがいるはずなのだ。
こんな高エネルギーの塊をまともに喰らえば、いくら不死とは言え関係ない。
不死と言われるコアの存在ごと、完全に抹消される。しかし……、
『このままじゃ、弥の存在が消えるのよ!?』
不意に、指が肥大した砲弾に触れてしまう。
感覚はなかったが、人差し指の第一関節が消えて無くなっていた。
『ッ……』
だが、無くなった指はあっという間に再生した。
中身の指が、鎧の破片と共に元に戻る。
『弥ッ!』
「――分かった、よ! ターミナルっ、横へ逃げるんだッッッッ!!」
その叫びが届いたかは分からない。
確認を取る前に、小さな太陽がその手からはずれ、前方へ進んでいく。
決して速くはない速度であった。
木々を倒し、まるで燃やすように。
白い炎が大木を塵一つ残さずに、完全に消滅させる。砲弾が進んだ、凹んだ地面の痕跡だけが残っており、一直線に、森が両断されている。
水を流せば川になるような、長い長い道である。
砲弾は遙か遠くの方でその存在を小さくさせた。
手の平で転がせるくらいの大きさだ。
やがて見えなくなるくらいに小さくなり、空気中に溶け込んだ。
その周囲の空気を吸った小動物は、内臓を焼いて、その場に倒れていたが。
「ターミナル、は……? 巻き込まれて、いない、よな……?」
『どう、かしらね……』
弥はターミナルがいたであろう位置へ向かい、隣の壊されていない森の中を見る。
茂みの中、草木が踏まれていた。それがその先へ、ずっと続いている。
ふぅ、と安堵の息を吐く。
どうやら彼女は巻き込まれなかったようだ。
「…………」
装備することでアーマーズの力が進化する。
これが、本来の力? プリムムの本当の実力?
だとすれば、弥はこの力に釣り合う、相応しいパートナーなのか?
暗雲が、彼の思考に陰を作った。
『弥、この場所を離れましょ。
でないと騒ぎを聞きつけた他の子が集まってくるわ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます